「真実の口」527 5度目の被災地入り⑤

前回の続き・・・。

〇藤さんご夫妻と〇原さんに、改めて、ご挨拶をする。

〇藤さんの奥様の第一声・・・。

奥様:「驚かれたでしょう?」

私:「私は、震災直後から岩手・宮城に入って、福島にも川内村や田村市にも足を運んでいるので・・・。」

更に、被災地へ物資を送ったり、その後も、ずっと陰ながら、支援を続けている旨を話させて頂いた。

そして、今回の来訪の目的も、福島の再生に欠かせない除染に協力したいという事もお伝えした。

今まで、内藤さんのご協力の下、いくつかの実験を重ねた結果での放射線低減に関する私の見解を話すと、〇藤さんご夫妻も〇原さんも、真剣なまなざしで耳を傾けて頂いた。

私の見解・・・。

「放射線にはα線、β線、γ線の三線がある。α線、β線に関しては、かなりの割合で低減出来ている。しかし、γ線に関しては、なかなか線量が減らない。これは、α線、β線は粒子線で、γ線は電磁波ということに起因している。抗酸化工法の家では、紫外線があたっても畳が日焼けをしない。これは、紫外線の質を変えているからである。解りやすく言えば、悪さをしない紫外線になっているからである。つまり、数値上、γ線は検出されるが、γ線の質を変えていることが想定出来る。ただ、国としては、この数値に重きを置くので、然るべき機関に依頼して、環境回復農法(抗酸化農法)の作物は、α線、β線は限りなく低減出来て、γ線に関しても数値上、検出されるが、人間・動物・環境に悪影響を与えるものではないという事を証明してもらうことが出来れば、福島の再生は間違いなくできる。」

その後、これから環境回復農法に取り組むために、私に聞いておきたいことを、予め準備されていたので、それらの質問に回答していった。

〇藤さん・〇原さんは、環境回復農法にかけてみたいと新たに意志を強めたようだった。

面白かったのは福島テレビの女性が、最初から最後まで、狐につままれた表情で話を聞いていたことである。

私であれば、「こんな嘘くさい話が、もし、現実になったとしたら凄いスクープだなあ」と、後で、接触するのだが、何の音沙汰もない・・・(笑)

そして、現在は、地震の影響で、住める状態ではなくなっている母屋を抗酸化工法でリフォームしたいということなので、母屋に場所を変えて、話をすることにした。

ナント、築130年である・・・。

築130年の母屋

中を覗くと、囲炉裏があって、何とも言えない趣がある。

母屋内部①

何本も太い梁が走っているので、家自体は絶えられたのだろう・・・。

外にあった蔵では、庇が崩落していたのに・・・。

蔵

壁面を見ると、クラックや崩落が見受けられる。

母屋内部② 母屋内部③

斉藤さんとリホーム方法などを軽く摺り合わせる。

そして、先ほどのミーティングの中で、干し柿を作る際に、悩んでいることがあると言っていただのだが・・・。

一発で解決する場所を見つけた。

10mはあろうかという長い廊下である。

母屋内部④

ここで、干し柿を作れば、今までの悩みは完全に解消出来る旨を、〇藤さんに伝える。

〇藤さんは、この母屋を抗酸化でリホームして、テレビや雑誌の取材で訪れるメディアの方達の休憩所も作りたいと言うことだった。

〇藤さんには、「福島・楢葉町から抗酸化の魅力を広めたい」と言う有難い言葉まで頂いた・・・(^人^)感謝♪

母屋を後にして、今回の除染の実験に使う農地を見せて頂いた。

実験用農地① 実験用農地②

ナント、農機まで、新品を購入して頂いていた・・・♪(о ̄∇ ̄)/

実験用農機

因みに、住民には線量計が役場から支給されているらしく、〇藤さんの家の中は、0.21 μSv/hだった・・・。

室内に貼られた新聞記事 室内の線量

早く安心して、生活出来る環境にして上げたいと深く感じた・・・。

帰りの電車の時間が迫っていた我々は、〇藤さん宅を後にすることにした。

その際、〇藤さんの奥様にウニ丼を頂いた・・・。

お土産のウニ丼

何でも、楢葉では食堂やスーパーなどがないため、我々の昼食用にと準備して頂いていたらしい・・・。

帰りに電車の中で、美味しく頂いた・・・イッタダキマ━━!。(⌒囗⌒)。Ψ━━ス!!

最後に、病床につかれていた〇藤さんのお母様が4月6日に永眠されたという話を、後日、内藤さんからご連絡頂いた。

声:「このような状況下では、幾ばくかの心残りがあっただろうな・・・。」

謹んでご冥福をお祈りします・・・。