「真実の口」548 訪米記(2013年4月)⑦

前回の続き・・・。

Vail Villageを後にした我々は、ロッキー山脈をデンバー市街へと駆け下りた。

時折見える、スピード制限の標識。

75mile Speed Limit

気になって、羽田さんに尋ねてみる。

私:「75マイルって何Km/hくらい?」

羽:「約120km/hですかねぇ・・・。」

私:「ちなみに、頂上からデンバーまで何kmくらい?」

羽:「50kmくらいですかねぇ・・・。」

私:「タイヤはスタッドレスなの?」

羽:「いや~。ノーマルですよ。」

私:「スタッドレスから履き替えたところ?」

羽:「デンバーじゃ、車が走行出来ないくらいの雪は、年に1~2度なんで、みんな殆どノーマルタイヤですよ・・・(笑)」

時折、勾配を示す標識が、5%・・・、6%・・・、7%・・・。

何気ない会話だが、5~7%の勾配の雪道を、ノーマルタイヤで、時速120km/hのスピードを出して、50kmの距離を下り降りているのである・・・(-▽-)…アハハ…

因みに、この道路は州間高速道路25号線で、ワイオミング州、コロラド州、およびニューメキシコ州の南北を通る主要な高速道路で、総距離は1,710.36 km である。

アメリカの高速道路網は、州間高速道路網(Interstate Highway System)と呼ばれ、正式名称はドワイト・デーヴィッド・アイゼンハワー全米州間国防高速道路網(Dwight David Eisenhower National System of Interstate and Defense
Highways)である。

何故、アイゼンハワー大統領の名前がついているかというと、州間高速道路網は、1956年の連邦補助高速道路法の制定により整備が開始され、当時、大統領だったアイゼンハワー大統領が、道路整備計画の一環として、全長約6万5,000kmの巨大な州間高速道路網を、250億ドルの資金を投じて、10年の期間を費やして整備するという、それまでのアメリカ合衆国史上の最大規模の国家プロジェクトだったためらしい・・・。

1956年の法整備により進められた州間高速道路網の建設は、当初の予定から大幅にずれ込み、計画から35年後の1991年に完了した。

整備費用も、計画当初に見積もられていた250億ドルを大幅に上回り、最終的に1140億ドルを費やした。

整備された州間高速道路の総距離は6万8500kmで、その全線が片側2車線以上で造られた。

また、州間高速道路網の制限速度は場所によって異なる。

州間高速道路網の整備計画が立てられた当初は、険しい峠道などの多くの通行車両が速度を維持できない限定された範囲を除き、時速75マイル(120.675km)から80マイル(128.720km)の速度制限が設けられていた。

しかし、1973年に発生したオイルショックの影響により、翌1974年に連邦政府はガソリン保護対策として、州間高速道路の最高速度を、時速55マイル(88.495km)に引き下げざるを得なかった。

その後、1987年に速度規制を緩和し、州の選択により最高速度を時速65マイル(104.585km)まで引き上げられ、1995年にはアメリカ合衆国の州間高速道路網全体の速度制限は撤廃された。

州間高速道路網の建設費および維持費は、約72%が連邦政府および各州が利用者から徴収したガソリン税などの税金および有料道路で徴収した通行料金でまかない、残りの費用はアメリカ合衆国の連邦予算から拠出されている。

ほとんどの道路はフリー・ウェイである。

因みに、日本の高速道路の総距離は、平成22年4月1日現在、9,126.8㎞である。

そのほとんどで、馬鹿高い高速料金を支払わされている・・・┐( -_-)┌ ヤレヤレ

話を元に戻そう・・・。

標高3800m超から、デンバーへ戻った我々は、取りあえず、晩ご飯を食べるために郊外のレストランに入った。

その後、明日以降のスケジュールを確認するため、ホテルに戻り、打ち合わせを行った。

かなりの移動距離だったため、羽田さんには、早く帰って、身体を休めるように薦める。

次回へ・・・。