「真実の口」687 食の安全に関する再考⑬

前回の続き・・・。

前回、中国食品が巻き起こした事件・問題等を列挙した・・・。

今回は、何故、日本では到底考えられない事件や問題が起こるのかを考えてみたい・・・σ(・ω・*)ンート…

その前に、少し、歴史の授業っぽくなるが、中国という国の成り立ちを考えてみよう・・・。

よく、中国4,000年の歴史と言うが、もちろん、紀元前2,000年から、中国という国があったけではない・・・ε=┏(; ̄▽ ̄)┛

黄河文明・長江文明・遼河文明という古代文明に続く、夏(か)という中国最古と言われる王朝からを指す・・・。

夏→殷→周→(春秋戦国時代)→秦→漢→三国(魏呉蜀)→隋→唐→宋→元→明→清→中華民国と、幾多の王朝の興亡を経て、現在の中華人民共和国に至るのである・・・。

そもそも、「中国」とは、孔子を代表する思想家等の考え方が改作・補筆・潤色されつつも(笑)、基本的に、中華思想に基づく“文化的優越性を持った世界の中心”という意味で使われてきた・・・φ(.. ) メモメモ

少し脱線するが、改作・補筆・潤色のそれぞれの意味を調べてみよう・・・□_ヾ(・_・ )カタカタ」

声:「原形無いじゃん・・・。」

王朝の興亡を繰り返す過程において、民族のアイデンティティとした位置づけで、他国との境界線を引くための政治あるいは軍事的基準でもある。

世界第三位の面積を持つ国と、日本のように、独立した島国とは違い、国の境界の考え方も必要だったのであろう・・・。

過去形で書いたのは、現在の中国には、境界問題が山積しすぎて、どこに中華思想に基づいた考えがあるか判らないからである・・・┐( -_-)┌ ヤレヤレ

閑話休題・・・。

近代に入り、中国は屈辱の歴史を強いられる・・・。

清王朝期

1840年、イギリスとのアヘン戦争に敗北・・・。

1856年、イギリス、フランス相手に勃発したアロー戦争に敗北・・・。

1884~85年、清仏戦争でフランスに敗北・・・。

1894~95年、日清戦争で日本に敗北・・・。

新興国である日本に大国清王朝が敗れたことにより、更に、列強国も支配が強まる。

しかし、清王朝も支配に抵抗しなかった訳ではないのだが・・・。

結局・・・。

1900年、義和団の乱で列強国軍(英、露、日、仏、米、独、伊、墺〔オーストリア〕)に敗北・・・。

何故、戦争の話しまで持ち出すのか、疑問に思う人もいるだろうが、この屈辱の歴史も現在の中国人の思想を作り出す一つの要因になっているからである・・・。

1911年、孫文の辛亥革命勃発・・・。

1912年1月1日、中華民国が成立・・・。

しかし、中華民国の成立と言っても、中味は、英、仏、葡(ポルトガル)、独、日本などの局地的な支配は続く・・・。

1930年、満州事変勃発・・・。

1927~37年、中華民国政府率いる“国民革命軍”と中国共産党率いる“中国工農紅軍”との間で、『国中内戦』が勃発・・・。

1937~45年、日中戦争・・・。

あくまで、中国からの見方なので、支那事変、大東亜戦争等の呼称は使わない・・・。

何故、日中戦争が起きたのか(?)、是非、本当のことを知って欲しいのだが、今回はそこまで深く掘り下げない・・・。

第二次大戦後・・・。

1946~50年、アメリカが援助する中華民国政府率いる“国民革命軍”とソ連が援助する中国共産党率いる“中国人民解放軍”との間で、『国中内戦』再発・・・。

結果、中華民国政府と蒋介石は、台湾へ撤退、毛沢東率いる共産党が、1949年10月1日、共産党による中華人民共和国を建国した。

1950年、朝鮮戦争勃発・・・。

いや~、すっかり歴史の授業になってしまった・・・(o´∀`;o)aポリポリ

次回へ・・・。