「真実の口」714 余談?

前回の続き・・・。

前回の続きとしながら、また、別の話である・・・。

6月26日~28日にかけて、台湾に行ってきた。

実は、以前から、台湾には一方ならぬ思いがあった・・・。

その理由は、私の母親の家は台湾統治時代、台湾に移住していたのである。

そして、1933年12月23日、今上天皇誕生。

翌34年1月3日、私の母親が生れる。

当時、日本は皇太子が生れたことで、都が喜びの最中だったということもあり、都喜(ツギ)と名付けられた。

昔、母親に聞いたところ、使用人を何人も使い、結構、羽振りの良い暮らしをしていたようだ。

しかし、終戦を迎え、財産は没収され、そのまま、五島に帰って来たらしい・・・。

そんな経緯があり、「一度、台湾に連れて行ってやるよ」と約束し、私が外資系の保険会社に移り、ある程度の資金的な余裕とサラリーマンではない日程的な余裕も生まれたので、ある年、「今年の夏、台湾に連れて行ってやるよ」と母親に電話で伝えると、非常に喜んでくれていた。

だが、残念なことに、夏前から体調を崩し、その年の12月に入院してしまった・・・。

多臓器に癌が転移しており、どうしようもない状況だった。

そして、年が明けて、自分の誕生日の翌日、1月4日、永眠した。

以前も書いたのだが、奇しくも、私の兄の誕生日である・・・。

そんなこんなで台湾には、一度、行きたいと思い、一昨年、家族旅行を計画したのだが、末娘が1歳と言う理由で、パック旅行が受け付けてもらえず、断念していたのだ・・・。

そして、ようやく願いが叶っての、台湾出張と言う運びになったのである。

台湾の方は、日本に高校から移り住み、大学を卒業して、しばらく日本で働いていたという経験のある日本が堪能な方である。

しかも、日本の大手ゼネコンの土木仕事を下請けでやっているというのである。

初めて行った台湾は、中国が主張するような、中国領土ではなく、台湾と言う一つの国家だった。

走っている車の9割9分が日本車だし、街のあちこちに日本語が見られる。

当初の台湾出張の目的は、奥様が日本の知人からいきいきペールを紹介され、是非、台湾で販売したいということだったのだが・・・。

電話をいただいた際に、ASKの本業は建築だということを伝えると、御主人の方はそちらに興味が出て、主体はそちらに移ってしまっていた。

しかし、実際に話してみると、農業への展開の大きな話になっていったのだ・・・。

話の詳細を書くと、命を狙われそうな話なので、書くことは出来ないのだが、中国の農業の根本を変えることが出来そうな話なのである。

話しが実現したとしても、当ブログでお伝えすることは出来そうもないのだが、お会いした方にだけは、こっそりお伝えするので楽しみにして欲しい・・・。

そして、そして、つい先日のことである。

今度は、インドから、健康問題、環境問題の改善に抗酸化溶液を役立てたいという話が舞い込んできた。

かなり、具体的な話である。

“抗酸化溶液で世界は変わる”と言い続けて7年、ようやく、真価を発揮できる機会に恵まれそうである。

そして、今夏、同名のタイトル“抗酸化溶液で世界は変わる”という本を世に出すことが出来そうである・・・o(*’▽’*)/☆゜’パチパチ

出張の合間を縫いながらの、編集作業を続けているので、やや、オーバーワーク気味なのだが、これで、オオカミ少年にならずに済みそうだ・・・C=(^。^)ホッ

是非、楽しみに待ってほしい・・・m(_ _)m