「真実の口」969 平成28年熊本地震から3ヶ月②

前回の続き・・・。

事前に熊本の地形と歴史を調べていた私は、熊本市内数カ所を訪れ、“アルモノ”のを納めた・・・。

地震やその後の雨で、落石(岩?)も各所で見られた・・・。

落岩① 落岩②

車で1日がかりだったのが、夕刻前には、熊本市内での用件は済んだので、被害の一番大きかった益城町に車を走らせてみた

途中、熊本城にも寄ってみた・・・。

熊本城① 熊本城②

熊本市内では、屋根をブルーシートで補強しれている家屋も散見されたのだが、益城町に近づくにつれ、状況が一変してきた・・・。

阪神大震災、東日本大震災の地震直後にも現地入りしたのだが、様相が全く違う物だった。

それも、益城町を中心に被害が集中しているのである。

人様のブログ、FB、twitterでは被害状況を写真でアップしているようだが、私は、そこに住まれていた人がいたということを考えると、安易に掲載すべきでは無いと思い、家屋の倒壊状況のアップは避けたいと思う・・・。

ただ、ニュースで伝えられているよりも、現実を目の当たりにすると、その衝撃は計り知れない・・・。

前震でとまった時計

前震が起こったのが、4月14日午前9時26分・・・。

津波で水をかぶった訳でもなく、時を刻むのを止めた時計・・・。

その時の揺れを考えると凄まじい恐怖を感じずにいられない・・・。

しばらく町中を歩くが、日も暮れてきたので、玉名市の旅館に車を走らせた。

通常であれば、1時間程度で行ける距離なのだが、2時間ほど掛かってしまった・・・。

翌朝、北原さんの奥様から以下のようなメッセージが届いた。

『おはようございます! 昨日の夕日がすごくパワフルで美しく、 また、熊本市内花岡山でレストランしている友人も、金色の光が熊本市内に、降り注いでると写真をアップ、 阿蘇の友達も、金色の光がと夕日をアップ。朝からもちょっと次元が上がったような景色。 佐々田さんのミッションの効果かなと 主人と話しています。 何かが変わりましたよ。』

勿論、北原さんたちに具体的にどこに行くとかは伝えていないし、北原さんのご友人達も知り得ないことである・・・。

決して、“イタイ人達”ではないので、勘違いしないで欲しい・・・。

旅館を早い内にチェックアウトして、再び、南下して、益城町に入った・・・。

昨日は2時間かかった道程だが、流石に朝は、通勤や復旧の為の車が多いからか3時間も掛かってしまった・・・。

車を停め、昨日は、訪れることが出来なかった入り組んだ町の中まで足を運んでみる。

そこには、復旧にどれくらいの時と費用を要するのか、想像も付かない状況が待っていた・・・。

途中、ご高齢の女性ふたりが重そうなスチール棚を運んでいた・・・。

「手伝いましょうか?」と言って、運ぶのを手伝ったのだが、ナント、2人とも地震で肋骨を骨折しているという・・・。

運ぶ途上、水を運んでいたお知り合いの方らしき男性とそのご婦人方の会話

男性:「まさか益城に活断層があると思わんで家建てたかんねぇ。はははははは・・・。」

女:「そぎゃんですたい。ははははははは・・。。」

ナント、この会話を笑いながら話しているのである・・・。

私は、心の中で思った・・・。

『頑張れ!熊本!!この陽気さならあっという間に復興するバイ!!!』

益城町を後にした私は、熊本にとって、もうひとつの大事なポイントに向かうことにした・・・。

〇〇〇

次回へ・・・。