2012年5月18日 金曜日

「真実の口」383 三度目の被災地入り⑱

前回の続き・・・。

4日目・・・。

午後の14:45の便で大阪に帰ることになっている。

前夜、石巻市で辿り着けなかった有限会社暁星工業をネット検索するのだが、該当するようなものにヒットしなかった。

しかし、どうしても心に引っかかる・・・。

福島市から石巻市まで、距離145km程度、時間にしたら2時間強・・・。

仙台空港を通り過ぎた所に位置する。

石巻市から仙台空港までが、距離60km程度、時間にした1時間強戻ることになる・・・。

なんとか、石巻市まで行き、引き返すことが可能だろうと、朝7時半に、ホテルをチェックアウトして、石巻市に向かった。

仙台までは、早かったのだが、その先の高速道路は片側1車線のため、思ったように速度を上げることが出来ない・・・。

結局、石巻市に着いたのは、10時半を越えていた・・・。

被害の大きかった湾岸部へと車を走らせる。

港湾には、いくつもの堆く積まれた瓦礫の山が、見渡す限り続いている・・・。

石巻市② 石巻市③

手付かずのままの港湾施設・・・。

石巻市④

廃車の山・・・。

石巻市⑤

粉塵が舞う建材(?)の山・・・。

石巻市⑥

瓦礫の山の高さを理解していただくために、あえて、信号を写してみた。

対岸にも、山、山、山・・・。

石巻市⑦

右端に写るショベルカーと比較すれば、その瓦礫の量も想像が付くと思う・・・。

港湾一帯が瓦礫処理場となり、トータルの量となると、いったいどうやって処理するのかと思ってしまう。

当ブログで取り上げた有限会社暁星工業に隣接した瓦礫処理場を取り上げるまでもなく、あちこちに瓦礫の山があった。

因みに、石巻市の瓦礫処理状況は・・・。

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2012/5/7時点の震災瓦礫処理状況(※環境省公表資料より)

瓦礫推計量:616万3千トン
※ うち建物解体に伴う瓦礫発生推計量:470万トン

解体を除いた瓦礫推計量に対する撤去率:100%
解体を含んだ瓦礫推計量に対する撤去率:50%
※ 撤去は仮置き場への搬入のこと。

処理・処分量:120万9千トン
処理・処分割合:19.6%
※ 破砕・選別等により有価売却、原燃料利用、焼却やセメント焼成、埋立処分等により処理・処分された量。

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私が、1ヶ月近くかけて、東北の現状を報告している間に、2012/4/9時点から2012/5/7時点の新しい処理状況になったようだ・・・。

因みに、一月でどれくらい処理できたか、私が取り上げた地域だけで比較してみよう。

大槌町・・・0.5%→2.8%
釜石市・・・2.5%→3.0%
大船渡市・・・35.3%→37.3%
陸前高田市・・・10.4%→11.7%
気仙沼市・・・1.9%→1.9%
南三陸町・・・1.8%→2.2%
亘理町・・・1.1%→2.5%
相馬市・・・6.5%→6.5%
南相馬市・・・0.7%→1.1%

1%以上の処理が進んだ地域だけ赤字にしてみたのだが、この数字の伸び率を考えると、何年かかるのかさえ想像もできない・・・。

これらのソース元は以下にある。

2012/4/9時点の震災瓦礫処理状況
2012/5/7時点の震災瓦礫処理状況

3県ぞれぞれの2012/5/7時点の震災瓦礫処理状況は・・・。

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《岩手県》

瓦礫推計量:476万6千トン
※ うち建物解体に伴う瓦礫発生推計量:90万トン

解体を除いた瓦礫推計量に対する撤去率:100%
解体を含んだ瓦礫推計量に対する撤去率:88%
※ 撤去は仮置き場への搬入のこと。

処理・処分量:55万9千トン
処理・処分割合:11.7%
※ 破砕・選別等により有価売却、原燃料利用、焼却やセメント焼成、埋立処分等により処理・処分された量。

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《宮城県》

瓦礫推計量:1573万4千トン
※ うち建物解体に伴う瓦礫発生推計量:841万5千トン

解体を除いた瓦礫推計量に対する撤去率:99%
解体を含んだ瓦礫推計量に対する撤去率:74%
※ 撤去は仮置き場への搬入のこと。

処理・処分量:203万4千トン
処理・処分割合:12.9%
※ 破砕・選別等により有価売却、原燃料利用、焼却やセメント焼成、埋立処分等により処理・処分された量。

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《福島県》

瓦礫推計量:201万1千トン
※ うち建物解体に伴う瓦礫発生推計量:63万3千トン

解体を除いた瓦礫推計量に対する撤去率:71%
解体を含んだ瓦礫推計量に対する撤去率:71%
※ 撤去は仮置き場への搬入のこと。

処理・処分量:17万2千トン
処理・処分割合:8.5%
※ 破砕・選別等により有価売却、原燃料利用、焼却やセメント焼成、埋立処分等により処理・処分された量。

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データの引用が多かったため、少し長くなったので、次のリンクを紹介して、今回の寄稿は終わりにする。

現地からの声~岩手県・宮城県のガレキのいまを、 現地の声で伝えます~

次回へ・・・。

2012年5月16日 水曜日

「真実の口」382 三度目の被災地入り⑰

前回の続き・・・。

N氏(ここで、名前を伏せているのは、問題が生じた際に矢面に立たないようにするためである)からの放射低減実験のレポートである。

N氏は、3月28日、川内村役場での担当者との面談の後、ガイガーカウンター(放射線量計測器)で計測して、川内村内で土を採取。

川内村を離れた帰路の途中、道路脇の土をガイガーカウンターで計測してみると、川内村よりも、更に強い放射線量が計測されたため、改めて、その土も採取して帰った。

私へのレポートでは、具体的な場所も報告されているのだが、そこに住んでいる人への配慮のために、敢えて、地名は伏せさせていただく。

採取した地点の、周辺中空の放射線量は8.7μSv/hを示した。

次の画像が、採取してきた土200gである。

放射線量低減実験①

放射線量を調べると、セシウム137のα線、β線、γ線の3線合計で27.72μSv/hを示した。

放射線量低減実験②

第1回目の実験。

セシウム含有土に、“emin99”*1gを1oomlの水で溶き、混ぜ合わせて、一日置き、乾燥させて、計測した結果が次の画像である。

放射線量低減実験③

セシウム137のα線、β線、γ線の3線合計は、24.00μSv/hを示した。

200gのセシウム含有土に対する“emin99”の濃度は、約0.005%程度である。

第2回目の実験。

第1回目と同様に、セシウム含有土に、“emin99”*1gを100mlの水で溶き、混ぜ合わせて、一日置き、乾燥させて、計測する。

放射線量低減実験④

セシウム137のα線、β線、γ線の3線合計は、20.37μSv/h・・・。

第3回目の実験。

同様に、セシウム含有土に、“emin99”*1gを100mlの水で溶き、混ぜ合わせて、一日置き、乾燥させて、計測する。

放射線量低減実験⑤

セシウム137のα線、β線、γ線の3線合計は、17.66μSv/h・・・。

第4回目の実験。

同様に、セシウム含有土に、“emin99”*1gを100mlの水で溶き、混ぜ合わせて、一日置き、乾燥させて、計測する。

放射線量低減実験⑥

セシウム137のα線、β線、γ線の3線合計は、16.46μSv/h・・・。

4回の実験で、大凡、放射線量半減の結果を得ることが出来た。

川内村役場の担当者は、本当に除染が可能であれば、国の予算をつけて取り組みたいと前向きだったらしい。

ただ、個人的な計測結果ではなく、然るべき機関のデータを欲しいと言うことだった。

現在、つくば市にある“とある機関”で、濃度や回数等まで考慮した放射線量低減の実験を行っている。

“とある機関”としたのは、妨害が入るのを避けるためである。

また、川内村役場の担当者は、雨等で流された場合はどうなるのかということを心配していたらしい。

これは、N氏が既に実験済みで、一度、“emina99”で放射線低減できた物を、洗い流したとしても、効果は持続するということが解っている。

川内村の農業は、米・葉タバコ・畜産・養蚕・高冷地野菜を種々に組み合わせた複合経営がほとんどであり、復興のためにも除染が急がれるということだった。

上記がN氏からの途中報告である。

また、4月25日に、「始まった住民帰還~福島・川内村の模索」というタイトルでNHK*クローズアップ現代で放送された。

川内村は、警戒区域だった地域の中で、初めて、役場や学校、診療所などの全機能を村に戻し、住民に帰村を促す“全村帰還”に、今月から取り組んでいる。

しかし、現実には、帰村したのは500人・・・。

村の人口3,000人の6分の1にしか過ぎない・・・。

村民の意志は、違うところにあるようだ。

川内村を後にした私は、再び、国道399号線から国道114号線を使い、田村市、葛尾村、浪江町、飯舘村を経由して福島市へ向かった。

やはり、閉鎖されたガソリンスタンド・・・。

閉鎖されたGS~国道399号線~

入り口にバリケードをして避難している牧場や民家・・・。

バリケードをした牧場~国道114号線~ バリケードをした民家~国道114号線~

放置されたままの地割れ・・・。

放置された地割れ①~国道114号線~ 放置された地割れ②~国道114号線~

帰りは、日も暮れ始めていたので、自衛隊や警官、役場の人にも会うことも、対向車とすれ違うこともなく、無人の町を1時間以上、車を走らせることになった・・・。

がんばろう ふくしま

次回へ・・・。

2012年5月14日 月曜日

「真実の口」381 三度目の被災地入り⑯

前回の続き・・・。

葛尾村の現状は、私にとって衝撃だった。

その上、このような状況にもかかわらず、空き巣が多発しているのだろうか・・・?

葛尾村①

このような看板がアチコチに立ち・・・。

葛尾特別警戒隊として、警官がずっと詰めているようである。

葛尾村②

(流石に、この写真は警官が引き上げた5時以降に撮った写真)

車に戻った私は、田村市をナビで検索してみる。

約26kmとなっている・・・。

エンプティランプが点いてから、26kmだから、併せて52km・・・。

この程度であれば、何とかガソリンは持つだろうと、田村市へ向かった。

途上、数組の自衛隊員に出会った。

何をしているのだろうと思ったら、どうやら、非難せずに葛尾村に残っている方達の安否を確認しているようだ。

田村市に入り、しばらくすると、農作業をしている方達を見かけた。

普通の光景なのだが、葛尾村と違い、ここには生活がある、ということに表現のしようがない感情に襲われる。

葛尾村から5~6分しか、車で走っていないのである。

ここと向こうの何が違うのだろう???

田村市の中心までいかなければガソリンスタンドはないと諦めていただのが、思ったより、近くにガソリンスタンドを見つけることが出来た。

田村市のGS

8364km走って、35㍑の給油である。

レシート① プリウスの計器

雪山を越えたり、一般道を走っているにもかかわらず、燃費23.8kmとは、プリウスにはいつも驚かされる。

ようやく給油できた私は、一旦、葛尾村へ引き返し、改めて、川内村へ向かった。

田村市と川内村の境界にこんな看板があった。

葛尾村③

計画的避難区域のため、除雪ができないという事なのだろうが・・・。

σ(・ω・*)ンート…

除雪が出来ないということは、村に入ることが出来ないと言うことだから、民家の屋根に積もった雪を降ろせないということではないか・・・?

万が一、大雪になり、家が雪で潰れたとしたらどうなるんだ・・・?

色々、考えながら運転していると、所々に路面に亀裂が入ったり、地盤が崩れたりしているではないか・・・。

葛尾村④ 葛尾村⑤

こんな道路で除雪車が普通に作業できるのだろうか?

この冬は無事だったのか(?)、今後はどうなるのか(?)、ちょっと心配になり、ネットで検索してみた。

東日本大震災により延期されていた葛尾村議会議員一般選挙が、昨年11月20日に行われ、8名の村議会議員が選出され、復興に関しての様々なことが決められていた。

http://www.katsurao.org/div/rinjiyakuba/pdf/shinsai/hirogaruwa_H231201.pdf

放射線に関すること、除染に関すること、賠償に関すること、除雪に関すること、etc・・・。

ただ、原子力発電所に近いと言うだけで、暮らしが一変し、本来、考えなくても良かったことを考えていかなくてはならない・・・。

私で力になることが出来るのであれば、助力を惜しまないのだが・・・。

取りあえず、今できうることをすべく、川内村へと急いだ。

私が訪れた4日前の、4月1日、川内村は警戒区域が解除され、居住制限区域や避難指示解除準備区域に移行し、宿泊は認められないが、検問もなくなり、自由に出入りできるようになっている。

実は、今年1月6日のブログでも寄稿したNさんが、川内村の警戒区域解除を受けて、私に先達て、川内村役場の担当者にえみなによる除染の可能性を伝えに行っているのである。

川内村に着き、担当者に挨拶をしようと思ったのだが、残念ながら、私が役場に着いたのが5時のほんの少し前だった上、折しも4月22日に村長選挙を控えていたことと、4月1日からの警戒区域解除で住民への対応に追われていたようで、会うことはできなかった・・・。

川内村役場

次回、えみなによる除染の可能性を具体的に書いてみたいと思う。

2012年5月11日 金曜日

「真実の口」381 三度目の被災地入り⑮

前回の続き・・・。

私は、プリウスのハイブリッド機能を最大限に利用しつつ、8km先のガソリンスタンドを目指した。

ようやく、前方にガソリンスタンドの看板を見つけ、ホッと胸をなで下ろしたのだが、ナント開いていないではないか・・・( ̄□ ̄;)!!

仕方がないので、再度、経路上でガソリンスタンドを検索してみる。

ナビによれば、3kmほど先にあるらしい・・・。

やれやれ・・・と思いつつ、先へ進む・・・。

個人経営のスタンドなのか(?)、小さめのスタンドらしきものが見えてきた。

しかし、ここも開いていない・・・( ̄へ ̄|||) ウーム

「みんな潰れちゃったのかなあ・・・(心の声)」

そこで、ふと、あることに気付いた・・・( ゚д゚)ハッ!

σ(・ω・*)ンート…

そう言えば、飯舘村に入る少し手前で、農作業をしている人を見て以降、1時間半近く、人を見かけていないのでは・・・。

もしかしたら、これらのガソリンスタンドは潰れたのではなく、人がいないから開いていないのでは無いだろうかと、不安にかられる・・・il||li _| ̄|○ il||li

・・・とは言え、ここから引き返す術はない。

山道を進むしかない・・・。

再度、経路上でガソリンスタンドを検索してみると、今度は15km先にあるらしい。

こんな看板があった。

浪江町①

避難地域で人がいないことに乗じて、空き巣が起きているとテレビで伝えていたのを思い出した。

情けない・・・。

車を先へ走らせると、こんな看板が立っていた。

警戒区域迂回情報

警戒区域の迂回の仕方である・・・。

更に、こんな看板もあった。

浪江町②

周囲に民家がたくさんあるわけではないのに、防犯カメラを回さなくてはいけないほど、空き巣が頻繁に起きているのだろうか・・・?

ガソリンスタンドまで300m位になり、突き当たりを左折してすぐの所にスタンドがあるとナビが伝えている。

左折すると、数人の人影が見えた・・・ヽ(゚∀゚ )ノ。

2時間ぶりくらいだろうか(?)、人がいると言うことは、ガソリンスタンドも期待できると、心も軽く、ガソリンスタンドへ向かった。

しかし、無情にも、ガソリンスタンドにはロープが張られ、開いていなかった・・・_| ̄|○

葛尾町GS

仕方がないので、先ほど見かけた人たちにガソリンスタンドが近くにないか尋ねてみた。

返ってきた答えは、「ここ葛尾村には人がいないので、この近くに無いですよ」ということだった。

住宅地図を片手に持っているこの人達は、役場の人で、避難せずに村に残っている人の調査をしているようだ・・・。

「一番近いのは、隣の田村市じゃないかな~」と言うことらしい・・・。

私は、恐る恐る尋ねてみた・・・。

私:「そこには人がいるんですか?」

役:「います・・・

昨年9月、当時の経済産業大臣だった鉢呂吉雄氏は、「死の街」と表現し、辞任に追い込まれた。

しかし、実際に現地に行ってみて、家屋はあっても人っ子一人見かけることも出来ず、路肩には無造作に車が停められている状況を見ると、たいていの人がゾッとしてしまうのではないだろうか・・・?

役場の人あるいは警察や自衛隊員以外で、私が葛尾村で目にしたのは、犬、猫、鳥だけである・・・。

飯舘村、浪江町は先を急ぐために、周囲を見る余裕も無かったのだが・・・。

辺りを歩いてみると、カメラを向けることも出来なかったのだが、多分、犬の骨や猫の骨と思われるものが道路脇にところどころに・・・(ノ_・、)

本当に、ここは一年前まで人が住んでいたのだろうかと思えるような光景である・・・。

ただ、この計画的避難区域の人たちは、自分の意志とは無関係に、ここに住むことを余儀なくされているのである・・・。

それもこれも、震災から一年経過しても、無責任な対応をとり続けている東京電力の原子力発電所の所為で・・・。

次回へ・・・。

2012年5月9日 水曜日

「真実の口」380 三度目の被災地入り⑭

前回の続き・・・

国道6号線を南下していくと、前回も出くわした南相馬市原町区大甕(おおみか)にある検問ゲートにぶつかる。

国道6号線検問

ただ、福島県南相馬市に設定された“警戒区域”が、4月16日に解除され、大半の地域が、“避難指示解除準備区域(年間被ばく線量20ミリシーベルト以下)”と、“居住制限区域(同20ミリシーベルト超500ミリシーベルト以下)”に再編されたため、このゲートも、現在は解かれている。

http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/20120401map.pdf

今回の東北入りの大きな目的の一つは、川内村訪問である。

“警戒区域”がなければ、川内村までは51km弱で、小一時間ほどで着くことが出来る。

http://www.aida-soken.co.jp/pdf/map1.pdf

改めて説明するが、“警戒区域”とは、福島第一原発から半径20km圏内で、災害対策基本法に基づき政府が、昨年4月22日に設定したもので、双葉町、大熊町、富岡町と、楢葉町のほとんど、南相馬市、田村市、浪江町、葛尾村、川内村の一部が指定されている。

当然、迂回するしかない・・・。

ナビで検索すると、一旦、北上して、川内村へ向かうような経路が示された。

http://www.aida-soken.co.jp/pdf/map2.pdf

とりあえず、ナビ通りに進むのだが、行く先々で立ち入り禁止の看板に遮られてしまう・・・。

災害対策基本法による立入禁止① 災害対策基本法による立入禁止②

経路上にある双葉郡も浪江町も、“警戒区域”内にあたり、通過できないのである。

立ち入り禁止の看板に遮られる度に、北へ進路を変えて進もうとするのだが、一向に、川内村へ近づいている感がない・・・。

途中、大量の猿を見た。

警戒区域近くの野生の猿

多分100頭ではきかない数である・・・。

これらの猿が“警戒区域”内から移動してきたのであれば、相当量の放射線量を浴びているに違いない・・・( ゚д゚)ハッ!

野生動物に移動禁止と言っても無駄なことだろう・・・( ̄へ ̄|||) ウーム

右往左往しつつ、立ち入り禁止の看板もなく、順調に進み出したと思ったら、今度は落石のため通行禁止になっていた。

落石のため通行禁止

諦めて、来た道を戻っていると、高台から、福島第一原子力発電所が見える。

福島第一原子力発電所

にっちもさっちもいかないので、警備に当たっている警察官に、川内村に行く方法を尋ねてみた・・・。

なんと、「相馬市まで北上して、国道115号線を通った方が良いですよ」というではないか・・・( ̄□ ̄;)!!

ナビで迂回ルートを細かく入力しながら、検索してみると、134km・2時間14分と出た。

http://www.aida-soken.co.jp/pdf/map3.pdf

その時の時刻は13時30分・・・。

4時頃には、到着できると思い、諦めて、最大迂回ルートをとることにした。

しかし、この界隈で生活している人は、たった一つの原発のために、移動するのにこんな苦労を強いられているのである。

取りあえず、相馬市まで福島県道34号線で北上し、国道115号線で、伊達市を目指した。

思ったより時間がかかり、川内村へ向かう分岐まで、1時間強を要してしまった・・・。

川内村への経路にある飯舘村、浪江町津島地区、葛尾村は、“計画的避難区域”に指定されている。

“計画的避難区域”とは、区域の指定から約1か月の間に避難のため立ち退くことを求めた区域で、福島第一原子力発電所から半径20km以遠で、居住し続けた場合に1年間の積算線量が20ミリシーベルトに達する恐れがある地域で、葛尾村、浪江町、飯舘村と、川俣町の一部、南相馬市の一部が、私が行った際には指定されていた。

国道399号線を南下していくのだが、果たして、これが国道なのだろうかという山道を走らされた。

時折、地震のためにひび割れて、そのまま放置されている道路がある・・・。

計画的避難区域の道路

通常であれば、伊達市から川内村までは1時間半程度着くようになっているのだが、

爆弾低気圧の影響か、ところどころに雪が残り、落ちた大きな枝が道路に落ちており、悪路のため、一時間半を経過してもまだ山道を走っていた。

ここで、アクシデントが発生した・・・(゚Д゚;∬アワワ・・・

ガソリンの目盛りが一つになり、エンプティランプが点灯したのである・・・(||゚Д゚)ヒィィィ!

プリウスに乗り慣れていない私は、エンプティランプが点いて、後何Km走られるのかさえ想像が付かない・・・。

頭の中では、国道を走るため、途中で給油できるだろうと思っていたのだが・・・( ̄へ ̄|||) ウーム

取りあえず、経路上で立ち寄れそうなガソリンスタンドを検索してみた・・・。

8km先にガソリスタンドがあるというので、ホッと胸をなで下ろす・・・ヽ(゚∀゚ )ノ

しかし、それもぬか喜びに過ぎなかったことを、数分後に知らされる・・・。

次回へ・・・。

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