「真実の口」508 東日本大震災から2年・・・①

去る3/10~3/12にかけて、東北に行ってきた。

昨夏、とある理由から東北入り出来なかったので、凡そ、一年ぶりの訪問になる。

今回の目的は、東日本大震災の追悼式への出席と、被災地の現状を把握するためである。

追悼式については、事前から調べており、岩手・宮城両県に於いて、最大の人的被害となった陸前高田市と石巻市の両追悼式に出席することに決めていた。

陸前高田市については、3/11が月曜日と言うことで、前日の3/10・午前に行われることが決まっており、両市へ出席出来るかなと思っていた。

1月の予定では、3/9に前泊して、陸前高田市の追悼式へ向かう予定をしていた・・・。

しかし、3/8~3/9にかけて、新潟で開催された抗酸化工法研究会全国交流会と重なったため、陸前高田市の追悼式は断念して、献花だけ行くことにした。

3/10大阪伊丹空港から、朝一番の便で、仙台空港へと向かう。

仙台空港に着いてみると、思ったよりは、寒くない・・・。

いつものようにレンタカーを借りた。

その際、ついでに聞いてみたのだが、依然として、空港周辺のガソリンスタンドは閉鎖状態らしい・・・。

一路、陸前高田市へ向かう。

昼過ぎに着いた陸前高田市は、凄い風で迎えてくれた。

かつては住宅地だった場所も、今ではただの荒れ野原となり、土煙が立ち上がっていた。

瓦礫は、確かに減っているようだが・・・。

復興とは、まだまだ、ほど遠い状況だった。

追悼式の会場となっている高田小学校へ向かった。

追悼式の後でも、次々と、会場へ献花する人が訪れているようだった。

会場へ向かう途中、かつての玄関と思われる基礎の辺りで、しゃがみ込み手を合わせている人がいた・・・。

陸前高田市では、死者1,556人に及び、未だに 217人の方が不明なままだ。

岩手県全体の死者4,672人、行方不明者 1,151人。

会場で献花する・・・。

陸前高田市追悼式

様々な思いが、去来する・・・。

この日、陸前高田市では、隣の大船渡市の死者340人・行方不明者80人を併せた、1,900の連凧があげられていた。

会場を後にして、奇跡の一本松へと向かった。

奇跡の一本松

かつてはこの周辺は、約70,000本の松で覆われていた・・・。

その後、海岸線を走りつつ、仙台へと向かった。

翌11日、石巻市の追悼式は、地震のあった時刻2時46分にあわせて、2時30分からの開催だったため、仙台から南下して、福島県相馬市から南相馬市に車を走らせた。

1年前と何も変わらず、荒れ地が広がるだけの状況だった・・・。

時折、数十人単位で、荒れ地や海岸を捜索している集団を見かけた。

夜のニュースで知ったのだが、未だに不明になられている方を警察・消防で力を合わせて、一年ぶりの捜索活動をしていたらしい。

相馬市では472人の死者、南相馬市では1,032の死者がでた。

震災後の自殺等を含めた関連死を併せた数字である。

福島県の発表している被害状況の中には、相馬市・南相馬市には、行方不明者がいない・・・。

死亡届が出された方たちに関しては、行方不明者扱いにはなっていないようだ・・・。

しかし、運転しながら、聞いているFMラジオの中では、津波にさらわれて、未だに御遺体が見つかっていない子供を、毎週土日、砂浜を捜索しているという父親の本当の声が流れていた。

ご存じのように、福島県は福島第一原発があるため、警戒区域になっていると、立ち入りが禁止されている。

そのため、当初、警戒区域となっていたが、見直しにより、警戒区域から解除されると、新たにその地域の捜索を始めるという・・・。

この父親に、心の平安はいつになったら訪れるのだろうか???

福島県全体の死者3,172人、行方不明者5人。

次回へ・・・。