「真実の口」1,493 平成 28 年熊本地震から 4 年

熊本地震から 4 が経過する。

例年であれば、現地に赴くのだが、このご時世なので外出を控えるために、新聞主要紙の記事を紹介する。

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【毎日新聞 2020 年 4 月 14 日】

熊本地震、 14 日で 4 年 3122 人なお仮設に 観光業は新型コロナで苦境

観測史上初めて最大震度 7 の激震に 2 度襲われ、震災関連死を含む 275 人が犠牲になった 2016 年 4 月の熊本地震から 14 日で 4年を迎えた。自宅を失い、住まい確保が困難な被災者の災害公営住宅(復興住宅)は熊本県内 12 市町村の全 1715 戸が 3 月末に完成。仮設住宅からの転居が進むが、今なお 1296 戸 3122 人( 3 月末)が仮設に取り残されている。

仮設入居者は 5 月には約 850 戸に減る見通し。一方、建築業者の慢性的な不足に加え新型コロナウイルスの影響による設備機材の調達遅れなどで住宅建築に時間がかかっており、退去の見通しが立たない入居者もいる。仮設住民の集約も進み、転居先でのコミュニティーづくりが課題だ。

同県阿蘇地域の大動脈で住民の足や観光アクセスとして欠かせない JR 豊肥線は、地震後不通の肥後大津―阿蘇間 27.3km が今夏復旧する見通し。阿蘇観光などの主要アクセス道・国道 57 号や阿蘇大橋も 20 年度中の復旧が見込まれインフラ整備が進む。しかし地震後、息を吹き返していた熊本の観光業は新型コロナウィルスの影響で宿泊客が落ち込み、窮状に陥っている。

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【朝日新聞 2020 年 4 月 14 日】

(熊本地震 4 年)阿蘇の大動脈、復活へ

熊本地震の発生から 4 年。甚大な被害があった阿蘇地域について、熊本県は今年度を「阿蘇の観光復興元年」と位置づける。崩落した阿蘇大橋の架け替え工事を終えるほか、寸断した国道 57 号の復旧や新ルートの完成、 JR 豊肥線の運転再開を予定し、熊本市との大動脈復活が見込まれるためだ。ただ、地元にはまだ休業を余儀なくされている人も多く、新型コロナウイルスの感染拡大もあり、先行きは不透明だ。

■地獄温泉から、希望の光を 「青風荘」(旧清風)河津誠社長( 57 )

古くから湯治場として親しまれてきた地獄温泉「青風荘.」(旧清風荘、熊本県南阿蘇村)。熊本地震では道路の寸断で孤立し、その後の大雨による山崩れで土砂に埋もれた。昨春、名物の湯を再開。土石を撤去した跡地にレストラン棟と受付棟が間もなく完成し、明治時代初期から受け継ぐ本館を含む宿泊棟の復旧・改修も本格化する。社長の河津誠さん( 57 )の 3 兄弟とその家族が少しずつ、復旧へ歩みを進めている。

被災後、兄弟で崩れた道路の跡を 3 時間歩いて温泉までたどり着いた。ボランティアが土砂をどけに駆けつけてくれた。建物を解体すると、険しい土地を切り開いて湯治場を築いた先祖の努力が垣間見え、奮い立った。複数の金融機関と融資を交渉し、被災事業者への国と県の補助金も活用して約 9 億円の復旧事業費を工面した。

昨年 4 月、露天の名湯「すずめの湯」を再開した。「お客さんとのふれあいを取り戻せたのは、建物を取り戻すことの 100 倍、 200 倍もうれしかった。もっと頑張れるようになれた」。山からの土砂に埋もれ、復旧を遂げた泉源から引いた温泉で、昨年 11 月に別の湯も再開。この 1 年間で約 1 万 4 千人が日帰り入浴に訪れた。

木造の受付棟につながるエントランスは、災害時のシェルターにもなる丈夫なコンクリート造りにした。古い水車小屋を移築した食事処だった建物は、ゲストハウスや湯治客らの宿泊棟に改装し、建物の趣を感じながら過ごせる図書室やカフェも併設する予定だ。「湯治場の役割を守りながら、これから長年、様々な人に利用してもらえる温泉場にしたい」

新型コロナウィルスの感染拡大を受け、日帰り湯は一部を除き休業に入った。一方で、復旧工事を進め、並行して従業員の復帰や新規採用などの準備をし、来年春の全面再開をめざす。

阿蘇大橋や豊肥線の再開を「阿蘇全体の復興の支えになる」と期待する。地震で休業したままの村内の他の温泉や宿泊施設も、ようやく復旧にとりかかる見通しが出てきた。地獄温泉の復旧・復興に向けた営みの一つひとつが、再建に向かう他の施設にとって「希望の明かり」になればと河津さんは願う。

■災害公営住宅、全て完成 豊肥線、 8 月再開へ 仮住まいなお 3,100 人、熊本城復旧は 20 年がかり

2016 年 4 月 14 日午後 9 時 26 分、熊本県益城町で震度 7 を観測した M6.5 の「前震」が発生。 28 時間後の 16 日午前 1 時 25 分、益城町と西原村で震度 7 を観測した M7.3 の「本震」が発生した。震 7 が同一地域で連続して起こるのは初めてだった。

一時 18 万人以上が避難所に身を寄せ、余震を恐れて車中で長く過ごす人もいた。体調悪化による災害関連死は、今年 3 月時点で大分県の 3 人を含め 220 人。犠牲者は、直接死などを合わせて計 275 人にのぼる。

熊本、大分両県で 20 万棟あまりの住宅が被害を受けた。熊本県に約 4,300 戸の応急仮設住宅が建ち、民間賃貸を借り上げる「みなし仮設」を含め、最大約 4 万 7 千人が仮住まいで過ごした。今年 3 月時点でなお約 3,100 人が残る。災害公営住宅は、予定した 1,715 戸が 3 月に完成した。

熊本県が試算した県内の被害総額は 3 兆 7,850 億円。県内各地で復旧工事が続き、 JR 豊肥線の運転再開が 20 年 8 月、国道 57 号の通行止め解除と新ルート開通が 10 月、崩落した阿蘇大橋の架け替え完了が 21 年 3 月に見込まれている。

県のシンボルである熊本城は、天守閣や多くの国の重要文化財が壊れ、完全復旧に約 20 年を要する。大天守の外観は 19 年に復旧作業をほぼ終え、今年 4 月末から 2 回目の特別公開を予定していたが、新型コロナウィルスの影響で延期された。

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【産経新聞 2020 年 4 月 14 日】

仮住まい 3 千人、退去進む 熊本地震、 14 日で 4 年

災害関連死を含む 273 人が犠牲になった熊本地震は最初の激震「前震」から 14 日で 4 年。仮設住宅などに依然約 3 千人が仮住まいをしているが、恒久的な住まいの災害公営住宅は全戸完成し、建設型仮設からの退去が進む。多くのインフラが被災した阿蘇地域の主要交通路は本年度中に復旧・開通が相次ぐが、観光復興に新型コロナウィルスの影が差している。

観光業が盛んな阿蘇地域では、熊本と大分を結び一部区間が不通だった JR 豊肥線が 8 月ごろ開通する。国道 57 号は新たに代替ルートが整備され 10 月ごろ開通する見込みで、崩落した南阿蘇村の阿蘇大橋は来年 3 月ごろに完成予定だ。ただ阿蘇市観光協会によると、新型コロナウィルス感染拡大の影響で今年 3 月の宿泊者数は前年同月比約 6 割減。担当者は「訪日客はほぼゼロで、飲食店も含め大打撃を受けている」と肩を落とす。

昨年 10 月に天守閣周辺の一般公開が始まった熊本城(熊本市)は 18 万人以上が訪れたが、新型コロナの影響で閉鎖中。今月 29 日に予定していた新たな見学エリアの開放も延期となっている。

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【読売新聞・社説 2020 年 4 月 14 日】

熊本地震 4 年 被災者の見守り継続が必要だ

熊本地震の発生から 4 年になった。被災者を息長く見守る取り組みが大切である。この地震では観測史上初めて、震度 7 を 2 度観測し、 50 人が亡くなった。避難生活での持病の悪化などによる災害関連死は 220 人に上った。

大半の家屋が損壊した熊本県益城町では昨年 11 月、宅地造成や公園整備などの事業がスタートした。一部区間が不通となっていた JR 豊肥線は今年 8 月に全線で運行を再開、寸断されていた国道も 10 月に開通する見通しだ。

年月を経て、ようやく復興のめどが立ってきたと言えよう。被災者を取り巻く状況は大きな転機を迎えている。今もなお、仮設住宅に 3,000 人が暮らしているものの、多くの被災者は、再建した自宅のほか、民間の賃貸住宅、被災者向け災害公営住宅(復興住宅)などで恒久的な生活を始めた。ただ、仮住まいを終えたからといって、すべての人が生活基盤を立て直せたわけではない。

熊本県内の市町村が昨秋に、仮設を退去した人の実態を調査したところ、支援が必要な世帯が 884 世帯あった。生活に問題を抱えながら、医療機関を受診しなかったり、生活保護を利用していなかったりする事例が確認された。今月には、復興住宅で独居の女性が誰にもみとられない状態で亡くなっていたことが判明した。復興住宅では高齢者世帯が半数を超える。民間の賃貸住宅も広範囲に点在し、孤立のリスクは高い。

市町村に設置された「地域支え合いセンター」の相談員が、仮設住宅を退去した高齢者の家を訪問した際、異変に気づいて救急車を呼び、命を救ったケースがある。こうした支援が欠かせない。センターは国の補助金で社会福祉協議会などが運営しているが、仮設住宅が撤去されると原則、補助金が出なくなる。必要に応じて、センターの活動が延長できるよう検討すべきではないか。

被災から 4 年を迎えた今年は、日本中が新型コロナウィルスとの戦いを強いられている。こうした状況下で地震が発生した場合、人が集まる避難所は、感染拡大の場となることが懸念される。実際、熊本地震でも、避難所でインフルエンザやノロウイルスの感染が確認されている。避難所では消毒液を用意し、感染者を隔離する場所を設ける。住民も体温計を持参し、検温をする。感染症対策も視野に入れた災害への備えを考えておきたい。

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【日本経済新聞】

亡き 275 人へ静かな祈り 熊本地震から 4 年 感染防止へ参列制限

275 人が犠牲となった熊本地震は 14 日、最初の激震「前震」から 4 年を迎え、熊本県庁で追悼式が開かれた。新型コロナウィルス対策で参列者が制限され、一般献花も中止となる中、遺族ら約 30 人が黙とう。父親を亡くした同県西原村の建設業、内村勝紀さん( 50 )が遺族を代表し思いを述べる。

県庁での追悼式は、昨年は約 350 人が出席。今回は県や熊本市が外出自粛を呼び掛ける中、来賓を県議会議長や県市長会会長ら 5 人に絞った。感染防止を徹底するため席の間隔も一定程度空けるようにした。

内村さんは、自宅が倒壊し、父の政勝さん(当時 77 )を失った後、建設会社を立ち上げて復旧工事に取り組み、地元の仲間らが支えてきた。震度 7 を 2 度観測した同県益城町の役場でも職員らが黙とう。町内には一般向けの献花台が設けられた。仮設住宅などで仮住まいを強いられている人は 3 月末時点で 3,122 人。災害公営住宅は 3 月までに全 1,715 戸完成し、恒久的住まいへの転居が進む。

阿蘇地域では本年度、主要交通路の復旧が大きく進展する。一部区間が不通となっている JR 豊肥線は 8 月ごろに開通、崩落した南阿蘇村の阿蘇大橋も来年 3 月ごろに完成する予定だ。

熊本地震は 2016 年 4 月 14 日午後 9 時 26 分、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード M6.5 の「前震」が発生。 16 日午前 1 時 25 分には M7.3 の「本震」があり、益城町ではいずれも震度 7 を記録した。

建物倒壊などによる直接死は前震で 9 人、本震で計 50 人に拡大した。大分県を含め災害関連死は 220 人、 16 年 6 月の豪雨災害で亡くなった 5人を含め犠牲者は 275 人に上った。住宅被害は両県で 20 万棟以上となった。

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復興の兆しがみえてきた熊本だが、新型コロナウィルスの影響が影を落としているようだ。

この Blog が公開される頃には、急用で福岡にいるのだが、残念ながら、熊本・大分の両県に足を延ばすことは取りやめた。

被害に遭われた方々に、一日も早く平穏な日常生活を取り戻して欲しいことと、新型コロナウィルスの早期の収束を切に願うばかりである。