前回、データ等を参考に引き出したため、結論へ辿り着けなかったので、今回は結論を急ぐ。
我々は、いかなる時も、森林も動物も、生態系サイクルの一部であると言うことを忘れてはいけない。
鹿、猪、猿、その他の動物が増えるにはそれなりの理由がある。
動物には天敵がつきものである。
これらの動物の天敵は、狼、山犬、野犬・・・と言われてきた。
狼の生息が最後に確認されたのは、1905年のこと。
山犬はもちろんだが、町中で野犬を見ることも無くなった。
では、これらの天敵がいなくなったから、鹿、猪、猿が増えたのか?
もちろん、それが全くの無関係とは言い切らないが、果たしてそうだろうか?
アメリカでは、日本と同様に、天敵がいなくなった猪・鹿・猿等の野生動物が大繁殖し、人間や農作物に留まらず森林や生態系にまで大きな被害を与えていたため、絶滅した狼を復活させ、崩れた生態系を修復したという実例もある。
では、日本でも、狼や野犬を山に放てば解決?
狼は雌雄のペアを中心とした2~15頭ほどの社会的な群れを形成し、それぞれの群れは縄張りをもち、その広さは食物量に影響され100~1,000k㎡に及ぶと言われている。
アメリカほどの広大な土地が在れば、可能かも知れないが、日本のような狭小な面積しか持たない国では無理があるだろう???
それでも、一部の人間の間では、シベリカオオカミやハイイロオオカミを導入してみてはという意見がある。
ニホンオオカミは、オオカミの中でも比較的に小さい方である。
日本の山に大型の狼を放てば、ブラックバスやブルーギルと同じ結果になるという想像は沸かないのだろうか?
あるいは、祖先がニホンオオカミと同じという説がある中国の大興安嶺のオオカミの導入を言い出す人間もいれば、はたまた、ニホンオオカミのクローンを作るとかいう人間までいる。
おいおい・・・
そうでなくても、ニホンオオカミ絶滅の原因は、狂犬病やジステンパーなど家畜伝染病と人為的な駆除、開発による餌資源の減少や生息地の分断などの要因が複合したものであると考えられている。
江戸や明治時代でさえ、人間との接触機会が多く、駆除されていたものが、これだけ開発された現代では、人間をエサにして下さいというようなものである。
前述したが、ニホンオオカミの最後の生息情報は、1905年(明治38年)1月23日に、奈良県東吉野村鷲家口で捕獲された若いオスとされている。
・・・と言うことは、それよりもっと以前に、絶滅危惧種だったということである。
そうであれば、猪・鹿・猿は、もっと以前から、大繁殖を続け、今ではとてつもない数になっていなければいけないはずである。
これらの動物による被害が急激に報告されだしたのは、私の記憶では、ここ10年、もう少し遡っても20年というところではないだろうか?
マスコミや学者さんは、山にエサが無いから、人里に降りてきて作物を荒らすと言っているが、果たしてそうだろうか?
そうであれば、天敵がいなくなり、莫大な繁殖を続けて、エサを食べ尽くし、もっと以前に人里に降りてきいても可笑しくないはずである。
では、何故、ここ近年、これらの被害が増えてきたのか?
答えは簡単である。
彼らにとっての、一番の天敵である“人間”が“山にいなくなった”からである。
以前に書いたブログを読んでもらいたい。
『昭和35年度には、44万人いた林業就労者数は、現在5万人そこそこしかいない。』
鹿だけにポイントを絞るが、鹿は、山に生える下草を食べるのだが、下草を刈る人間がいなくないのだから、食糧は豊富、引いては増殖していくということである。
林業従事者が山に入り、下草を刈り、エサと身の隠し場所を無くすと言うことこそが、解決策なのである。
柵を作ったり、電気の通った鉄線を田畑に張り巡らしたりと言う行為は、知恵をつけていく彼らに対して、何ら防衛策にも成らない。
現在、国会ではTTP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加・不参加で大きく揺れている。
木材の輸入自由化だけで、林業が疲弊し、その結果、害獣が農業に打撃を与え、貧栄養で水産業に打撃を与えてきた。
第一次産業は、国の根幹を担う産業である。
現状の第一次産業の形態では、到底、諸外国に太刀打ちできない。
東日本大震災を経験した東北の第一次産業従事者は、自然は全てが繋がり、循環していると言うことを、身をもって体験し理解できていると思う。
一中小企業経営者の私が言っても、馬耳東風かもしれないが、国が主体となり、東北地方を完全循環型の第一次産業の一つのモデル地区として確率出来れば、TTPなんぞへの加盟など鼻で笑って蹴ることが出来るのだが・・・。
全20回にわたり、寄稿してきたが、シリーズを長く書くと、その時々のタイムリーな“ネタ”が滞るので困ったものである・・・。