先月末から、ネット上で第二次東日本大震災が話題になっている。
これが、そのソースだ・・・
http://nanako.sci.hokudai.ac.jp/~moriya/M99.htm
“北大の統一見解ではなく、あくまでも森谷武男の個人的な見解です”という断り書きがあるが、森谷氏は北海道大学理学研究院附属地震火山研究観測センターの人間である。
要約すれば以下のようなことらしい。
・東日本大震災の8ヶ月前から、89.9MHzの地震エコーが観測された。
・この地震エコーは8ヶ月続き、2011年1月には弱くなり、ついに3月07日のM7.3の前震が発生後、3月11日にM9.0の地震が発生した。
・現在、前回と良く似た経過をたどっており、もしもこのまま3月11日の地震の前と同じ経過をたどるとすれば、再びM9クラスの地震が発生すると推定される。
・震央は宮城県南部沖から関東地方沖の茨城県沖の日本海溝南部付近。
・震源メカニズムが正断層である場合には、海底地殻上下変動が大きいので、津波の振幅が大きく巨大津波になる可能性も考えられる。
・発生は12月から2012年01月。
非常に不気味な見解である・・・。
去る10月22日、東北大の地震学者らが、東日本大震災の発生メカニズムなどを一般市民向けに解説するシンポジウムを仙台市内で開催した。
東北大地震・噴火予知研究観測センターの海野徳仁センター長は冒頭、「今の地震学は自然の持つエネルギーに比べてあまりにも未熟。二度とこのような悲惨な事態を繰り返してはならない」とあいさつし、その他の東北大の教授らからも「悔しい」など、震災発生を予測できなかった反省の言葉が相次いだ。
北海道大学森谷氏の見解も、この枠の中であり、第二次東日本大震災の予測など笑い話になることを願ってやまない。
東日本大震災の発生以前から、東海地震、東南海地震、南海地震、あるいはこれらの複合地震等は、いつ発生しても不思議でないと話題に上っていた。
平成15年9月17日、中央防災会議の「東南海・南海地震に関する専門調査会」は「東海」「東南海」「南海」の三地震が同時発生した場合の被害想定を公表している。
その中で、発生時刻などで被害状況は変わるものの、最悪の場合、死者は約2万4,700人、震度7の激しい揺れや10メートルを超える津波で約96万棟の住宅などが全壊、経済被害は約81兆円に達するとしている。
また、平成22年4月21日、中央防災会議は東海・東南海・南海地震が同時に発生した場合について、都府県別の被害想定を発表している。
死者数で最も多い静岡県が8,100人で、愛知、三重、和歌山、徳島、高知の5県も1,000人を超え、21府県で死者合計は25,000人としている。
想定は、3地震が同時又はほぼ同時に連動して動き、M8.7の地震が発生し、発生時刻は被害が多くなると予想される午前5時、風速15m、津波に対する避難意識が低いことを前提として試算している。
先般、高知県に行った旨を当ブログで書いた。
その際、高知県の地震対策はどうなっているのだろうかと案じ、高知市内から国道55号線を通って、室戸市まで車を走らせてみた。
国道55 号線は、高知県の緊急輸送道路ネットワークの一環を担っているものの、高知市周辺の国道55 号などは、平成10 年の高知豪雨により浸水し、現道交通が遮断され、交通機能が阻害された経験があるらしい。
また、南海・東南海地震の発生、それに伴う津波による浸水が高い確率で予想されていることも踏まえ、災害時に緊急、救急、医療活動を迅速に行うための緊急輸送道路の強化を急務としている。
実際に車を走らせて見て、東北地方みたいに、入り組んだリアス式海岸ではないため、津波の増幅はあまりないのでは(?)と感じた。
龍馬フリークである私は高知に幾度となく足を運んでいるのだが、今回、初めて気づいたのだが、東北と同じくこのような看板が設置されていた。
また、東北には無かったのだが、こんな看板もあった。
元々、高知は台風による高波対策が取られているため、東北地方よりも、防潮堤あるいは防波堤が、高波をかなり意識して作られているという感じがした。
これらがその写真だが、漁港周りはこれらが延々と続く。
高さの実感がつかみにくいと思うので、これを見て欲しい。
真ん中に映っている人と比較すれば、いかに高いかが想像つくと思う。
また、防潮堤2の奥の方を見て欲しい。
分かりづらいかも知れないが、この防潮堤が2重・3重となっているところもあるのだ。
ただ、漁港と漁港の間の集落には、これらの防潮堤がないので、もし津波が来たら被害は免れないと思う。
静岡県、愛知、三重、和歌山、徳島がどのような対策を取っているのかは解らないのだが、2度とあの惨状は見たくない物である。
余談だが・・・
桂浜には、私が師と仰ぐ坂本龍馬像がある。
また、室戸岬には、龍馬の盟友中岡慎太郎像がある。
彼らの視線の先には、彼らが描いていた日本が映っているのだろうか?