何故か、私は、このブログを病院のベッドの上で書いている。
えっ!・・・と声に出した人もいるのだろうか?( ̄▽ ̄;)アハハ…
実は、土曜日に急激な腰痛に襲われ、全く歩けなくなり、救急車で緊急搬送されてしまったのだ。
前々回のブログでも書いたのだが、先々週、韓国出張の際、連日、長時間に渡り、車での移動をしていた。
おまけに、金社長の車は、セダン車で座席の位置が低いうえシートが硬かった。
更に、5日間の韓国出張の後、金社長の葬儀のために、帰国後、一日空けただけで訪韓し、その翌日に帰るという強行日程だった。
また、お通夜の当日、金社長や私と同じ年で、金社長の“友人”であり、私の“友人”でもある朴社長と通訳の金氏と遅くまで、韓国では珍しい“Bar”でスツールに腰掛け、スコッチを飲みながら、別れを惜しんでいたのである。
それに追い打ちをかけるように、帰国の際に、朴社長に空港まで送って戴いたのだが、朴社長が私を送り届ける空港を間違えてしまったのである。
朴社長によると、通訳の金氏が間違えたようなのだが・・・
本来なら、ソウル市内から30分程度の金浦空港から、8:30a.m.の便で.帰国するはずが、仁川空港へ向かってしまったのである。
いつも、通る道だから、朴社長がICを間違えそうなことに気付き、慌てて指示したのだが、時すでに遅し・・・。
韓国の片側5車線の左から右に寄って行っていたので、流れに逆らえず、仁川空港行のICに入らざるを得なかった。
朴社長に、どこかで金浦空港に行くICがあるかと聞くと、20数km先でUターンするしかないという。
時刻は、国際線のチェックイン時間の20分前である。
私は、諦めて、仁川空港からの便に振り替えることを決断し、朴社長に、仁川空港へ向かってもらった。
空港に着いて、振り替えが可能かどうか尋ねると、10:00a.m.に関西空港の便があるのだが満席だという。
仕方がないので、キャンセル待ちをエントリーして、時間をつぶすことにした。
しかし、間の悪いことに、仁川空港の待合ロビーの椅子は木で出来ていたのである。
何とかキャンセルが出て、搭乗できたのだが、そこで、2時間近く待つことになったのも一因だったのだろうか???
次の便は、3:10p.m.だったので、今考えると、空恐ろしい・・・。
再帰国後2日程して、腰に鈍痛があり、家内に腰のマッサージをしてもらったのだが、今一つすっきりしないので、金曜日に20年位前から通っていたカイロプラクティックに行ってみた。
これも、抗酸化の世界に入り、余り行くこともなくなっていたので、実に6年ぶりのことである。
背中と腰の筋肉がガチガチに固まっているといわれ、翌日も、コリをほぐすことになった。
土曜日11:00a.m.にカイロプラクティックで1時間ほどマッサージをしてもらい、出張続きで、髪の毛を切る間もなかったので、20数年来の行きつけの理容院へ行って、パーマをあてた。
これも、1時間以上、同じシートに座りっぱなしになる・・・。
事務所に戻り、仕事をするため、椅子に座ろうとするのだが、背中を丸めても伸ばしても、違和感があり、落ち着かない。
結局、海外からのメール一通に返事を返しただけで終わってしまった。
しばらく、ソファで休憩しようと座ろうとするのだが、ソファのクッションの柔らかさが逆に鬱陶しく感じる。
仕方がないので、フローリングに座ることしばし、腰の違和感が消えてきたので、三時過ぎに家に帰ろうと、立ち上がろうとするのだが、腰が伸びない。
「これは、まずいなぁ」と思い、家内に迎えに来てくれるようにメールをする。
しばらく待つのだが、返事がないので、再度、チャレンジ・・・。
リビングから玄関までのドア、僅か数歩で、腰から砕け落ちる。
リビングまで這い戻り、休憩して、再度、挑戦するが、また、腰から砕け落ちる。
自力で帰ることを諦めて、家内の携帯に電話するが出ない・・・。
家にいるはずの娘に電話するが出ない・・・。
仕方がないので、自宅にコールすること10数回、ようやく、娘が出た。
家内に、救急車を呼ばなければ動けそうにないという状況を話し、事務所に来てもらうことにした。
その間、思考する。
事務所は寝屋川市で、枚方・寝屋川管轄になり、自宅は茨木市で、高槻・茨木管轄になる。
一歳の娘を抱えて、家内が病院に来ることを考えると、自宅まで戻って、救急車を呼んだ方が、得策ではないか?
家内が事務所に着いて、そのことを話し、とりあえず、自宅まで帰ることにした。
家内に支えながら、マンションの手すり伝いに、エレベーターに乗ったまでは良かった。
エレベーターが1階に着いた衝撃で、腰から砕け落ちた。
エレベーターから、這って出ると、マンションの点検業者の男性がロビーにいた。
慌てて、駆けつけてきた男性が、「ギックリ腰ですか?」と尋ねるので、状況を話し、マンション前に停めている家内の車まで連れて行ってくれるようにお願いをすると、快く、承諾してくれた。
手を膝に当てて、腰に負担をかけない歩き方のコツを覚えて、男性の手助けまでは不要だったが、取りあえず、車に乗り込み、自宅へ向かうことができた。
・・・本来は、命のちから-Epilogue-の後に、トークイベントについて書く予定だったのだが、私自身がリアルに入院して、折角の貴重な体験なので、命のちから(リアル入院編)として寄稿した後に、本編を続けたいと思う。