前回の続き・・・。
多くのメディアで取り上げられているが、改めて、“人食いバクテリア”とはどのようなものか掘り下げてみる。
“人食いバクテリア”という呼び名は、厳密には正しくないらしい。
細菌は人の肉を食らうのではなく、毒素を出して、それが組織を液状化させる。
医学的には「壊死性筋膜炎」と表現されるのが正しいようだ。
「壊死性筋膜炎」を引き起こす劇症型の細菌は数種類いることが分かっている。
その中でも最も一般的なのは A 群連鎖球菌である。
多分、耳にしたことがあると思う。
私たちの身の回りに普通に存在する菌でもある。
人間の喉にもよく生息しており、普段は何の害も及ぼさないが、時に咽頭炎やしょう紅熱を引き起こし、組織を壊死させることもある。
一般的な咽頭炎を引き起こす細菌が、どのようにして“人食い”へと変貌したのだろうか?
以下の研究結果は、 2014 年 4 月 14 日に「Proceedings of the National Academy of Sciences」誌に発表されたものだ。
国際チームの研究者たちは、何十年分もの蓄積された細菌のサンプルを調査することで、無害な微生物がどのようにして壊死性筋膜炎、いわゆる人食いバクテリア感染症を引き起こす致死性の病原体へと進化するのかを突き止めている。
1920 年代というかなり早い時期から蓄積されてきたサンプルを使用して、 A 群レンサ球菌類のゲノム配列を解析したそうだ。
それらの配列データから、過去のある時期に A 群レンサ球菌がウィルスに感染し、その後すぐまた別のウィルスに感染したことを明らかした。
いずれの感染でもウィルスの遺伝子がレンサ球菌に取り込まれ、その遺伝子によって A 群レンサ球菌はより病気を引き起こしやすい性質へと変化したという。
この研究の主著者であるジェームズ・マッサー( James Musse )氏は、テキサス州にあるヒューストンメソジスト研究所のヒト感染症分子・橋渡し研究センター( Center for Molecular and Translational Human Infectious Diseases Research )の所長でもある。
マッサー氏によると、「 3 番目の出来事は突然変異だ。この微生物のゲノム中の一文字が変化することで、さらに毒性が強くなった。」そうだ。
この突然変異は、おそらく、 1960 年代後半に起こっただろうと考えられているようだ。
そして、 1980 年代初期に、レンサ球菌はまた別の外来 DNA 断片を獲得したのではと見做れている。
この DNA には、壊死性筋膜炎の最悪の効果をもたらす 2 つの毒素の遺伝情報が含まれていたようだ。
マッサー氏によると、「ここで私たちは、ヒトでの感染力が増強し、より深刻な病状を引き起こすようになった病原株と本格的に付き合い始めることになった。」ようだ。
今回の研究を実施することができたのは、各国の協力者たちが先見の明をもって、包括的なこの種の細菌サンプルを何十年にもわたって保存してきたからだそうだ。
この蓄積により、時間を追ってこの微生物がどのように進化したのかを研究することが可能になったという。
マッサー氏が、“人食いバクテリア感染症”に興味を持ったのは、操り人形師のジム・ヘンソンが 1990 年にこの感染症で死去したことがきっかけだったらしい。
その当時、細菌の集団遺伝学という新しい研究分野はまだ始まったばかりだったという。
マッサー氏は、「私は25年近くもこの研究に取りつかれてきた」と語っている。
米国疾病予防管理センター( CDC )によると、近年アメリカでは毎年 1,000 人近くが“人食いバクテリア”に感染しているという。
しかし、この数字は実数ではないとみられているようだ。
この細菌は、筋肉、神経、脂肪、血管などを取り囲む膜層や結合組織に感染する。
細菌が作る毒素は感染した組織を破壊し、壊死させる。
免疫力の強い健康な人が清潔を心がけ、切り傷やすり傷、虫さされによる傷口をきちんと処置していれば、通常この細菌は撃退することができる。
しかし、免疫力が弱っている人や、糖尿病や腎臓病、癌などにかかっている人は感染しやすくなる。
一つの例として、ジャクリーン・ロムリー( Jacqueline Roemmele )さんもそんな不運に襲われた一人だという。
1994 年に帝王切開で双子を出産後、この細菌に感染した。
「それが何か分かる前に、看護師さんたちの手の中に肉が崩れ落ちたんです」とロムリーさんは語っている。
その後、ロムリーさんは生還し、ドナ・バドーフ( Donna Batdorff )さんと一緒に米国立壊死性筋膜炎財団( National Necrotizing Fasciitis Foundation )を立ち上げたという。
“人食いバクテリア”どのようにして体の中へ入り込むのか?
米バンダービルト大学医療センター・感染症専門医ウィリアム・シャフナー氏:
「ほとんどの場合、どこかに入り口があるはずです。切り傷があると、細菌はそこから皮膚の下深くまで潜り込めますが、トゲや針先による小さな傷口や、虫刺されの跡も侵入経路になります。しかし、侵入口が見つけられない場合もあるので、まったく傷のない皮膚でも、細菌は通過できるのかもしれない。」
以下、シャフナー氏への Q&A である
Q. 感染症はどのぐらいの速さで広がるのか?
「細菌の動きは速い。感染は 1 時間に 2.5mの速度で拡大し、短時間で敗血症や多臓器不全を引き起こし、およそ 3 人に1人は死に至ります。」
Q. 初期症状は?
「主な症状は、発熱や表面的な皮膚の変色ではなく、激痛であることが多く、体の奥深くで組織が破壊されるため、本当にそれとわかる頃には、既に大変なダメージを受けていることが多いです。」
Q. 治療法は?
「主な治療法はふたつ。抗生物質を投与することと、手術で細菌を酸素に触れさせることです。これらの細菌の多くは嫌気性であり、したがって、空気にさらされると死滅します。また、既に壊死したりダメージを受けてしまった組織も切除して、傷の回復を助けることも必要です。」
Q. これらの細菌に一度感染すると、免疫はできるのか?
「まさにそれを現在研究中です。第一に、 A 群連鎖球菌の中でも特に壊死性筋膜炎を引き起こしやすいタイプがあるのかどうかを特定しなければなりません。それから、感染症を発症した患者を調べ、遺伝子が関係しているかどうかを明らかにしなければいけません。咽頭炎にかかる人は多いですが、深刻な疾患に発展する患者はまれです。 A 群連鎖球菌に感染した場合に、重篤化しやすい遺伝的な要素を持った人々がいるのでしょうか。まだ答えは見つかっていません。」
Q. ワクチンの研究は進められているのか?
「『はい』とも言えるし、『いいえ』とも言えます。壊死性筋膜炎の原因となる全ての菌に有効なワクチンは存在しませんが、 A 群連鎖球菌全般に効くワクチンは研究されています。 A 群連鎖球菌は、リウマチ熱など数多くの疾患を引き起こすため、もし、広範に対応できるワクチンが開発されれば、人食いバクテリアに感染した患者をもっと多く救うことができるようになるかもしれません。」
次回へ・・・。