「真実の口」2,211 エムポックス①

前回、エムポックスを取り上げたのは、昨年 4 月のことである。

今回は、WHO が、 8 月 14 日、アフリカ中部のコンゴ民主共和国で拡大しているエムポックスの流行について、「国際保健規則( IHR )に基づく国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態( PHEIC )」であるとの宣言を発したことによるその深刻さについて寄稿したいと思う。

WHO Director-General declares mpox outbreak a public health emergency of international concern
☞ WHO事務局長、MPOXの流行を国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態と宣言

WHOが出す「国際保健規則( IHR )に基づく国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態( PHEIC )」宣言は、過去には、新型コロナウィルス感染症やエボラ出血熱の流行でも発出されており、社会的に大きなインパクトを与えるものである。

エムポックスについては、 2022 年 7 月にも WHO から緊急事態宣言が出されている。

エムポックスは、以前まで「サル痘」と呼ばれていたウィルス疾患で、皮膚に発疹や潰瘍などの病変を起こすものである。

元々は、アフリカの齧歯類(げっしるい)などの間で流行しており、ヒトが感染動物に接触して偶発的に感染することがある程度のものだった。

原因となるウィルスは天然痘ウィルスに近縁のもので、 1 型(コンゴ型)ウィルスと 2 型(西アフリカ型)ウィルスの 2 種類がある

1 型(コンゴ型)ウィルスのほうが重症になりやすいとされている。

アフリカの風土病だったエムポックスが、 2022 年 5 月頃から、欧米諸国でアフリカに渡航歴のない患者が多数確認されるようになった。

ただし、その多くは男性間性交渉者( Men who have Sex with Men:MSM )で、患者との性行為などにより感染したと考えられてる。

その後、感染者数は増加を続け、 7 月中旬には世界 75 か国で 1 万人以上にのぼったため、 WHO は第 1 回緊急事態宣言を発したのである。

この第 1 回宣言のときに拡大したのは、 2 型(西アフリカ型)ウィルスで、 2023 年の年末までに 9 万人を越える感染者が報告されている。

このうち 9 割はヨーロッパや米州からの報告で、死亡者数は少なかった。

前回寄稿時のデータである。

2022 年 1 月 1 日~ 2023 年 3 月 27 日までに 86,724 例の症例が世界の 110 の国と地域から報告され、 WHO の 6 つある地域すべてから報告されている。

累積の死亡は 116 例となっている。

累計症例数の上位 10 ケ国

アメリカ・・・ 30,091 例
ブラジル・・・ 10,897 例
スペイン・・・ 7,549 例
フランス・・・ 4,144 例
コロンビア・・・ 4,089 例
メキシコ・・・ 3,956 例
ペルー・・・ 3,785 例
イギリス・・・ 3,738 例
ドイツ・・・ 3,692 例
カナダ・・・ 1,480 例

これら上位 10 ケ国で世界の症例数の 84.5% を占めている。

・性別が確認されている 77,738 例のうち 74,939 例( 96.4% )は男性である。

・年齢中央値は 34 歳( 29-41 )である。

・年齢が判明している 83,251 例のうち 1.1% ( 933/83,251 )は 0 ~ 17 歳、 0.3% ( 272/83,251 )は 0 ~ 4歳児であり、 0 ~ 17 歳例の 73% ( 684/933 )がアメリカ地域からの報告である。

・性的指向の情報が確認されている症例のうち 84.1% ( 25,682/30,546 )は、男性間性交渉者( Men who have Sex with Men:MSM )である。

・感染経路が判明している症例のうち 82.2% ( 15,562/18,939 )が皮膚や粘膜を介した接触感染である。

・一つ以上の症状が判明している 33,995 例のうち、発疹が 80.8% と最も多く、発熱が 59.2% 、全身性および性器の発疹がそれぞれ 47.5% 、 44.1% である。

・ HIV 合併の有無に関する情報が得られている 36,357 例のうち 17,581 例( 48% )が HIV 陽性だった。

・ HIV 合併のある ‟サル痘” 症例の 65% が免疫不全だった。

・免疫不全の症例はそうでない症例に比較し高い入院率や致死率を示している。

2022 年からの 2 型(西アフリカ型)ウィルスの流行にあたっては、欧米諸国を中心に MSM などのハイリスク者にワクチン接種を行うことで、終息に向かった。

その結果、 2023 年 5 月には緊急事態宣言が解除されたのである。

ところが、 2023 年 9 月頃からアフリカ中部のコンゴ民主共和国で、 1 型(コンゴ型)の患者が増加していく。

コンゴ民主共和国では 10 年以上前からエムポックスが報告されており、この間、毎年報告される症例数は着実に増加している。

昨年は、報告症例数が大幅に増加し、今年これまでに報告された症例数はすでに昨年の合計を超え、症例数は 15,600 件を超え、死亡者数は 537 人となっている。

昨年、コンゴ民主共和国で新たなウイルス株(系統 1b )が出現し、急速に拡大したのである。

このウィルス株は、主に性的ネットワークを通じて広がっていると考えられ、コンゴ民主共和国の近隣諸国で検出されたことは特に懸念されるものであり、「国際保健規則( IHR )に基づく国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態( PHEIC )」宣言の主な理由の1つとなっている。

過去 1 ケ月間に、コンゴ民主共和国に隣接するブルンジ、ケニア、ルワンダ、ウガンダの 4 ケ国で、これまでエムポックスが報告されていなかった 1b 系統の症例が 100 件以上、検査で確認されたことが報告されている。

専門家は、臨床的に適合する症例の大部分が検査されていないため、実際の症例数はこれよりも多いと考えている。

様々な国で、様々な系統のエムポックスによる流行が複数発生しており、感染経路やリスクのレベルも異なっている。