前回の続き・・・。
1980 年頃から東アジアを中心に高病原性肺炎桿菌の報告されていることは、前回寄稿したが、その経過は重篤で、致死率は 3 ~ 42% と報告されているそうだ。
近年、健常者と免疫不全者の両方に感染する能力を持ち、侵襲性感染症を引き起こす傾向が強く、従来の株に比べて強毒性であると考えられている高病原性肺炎桿菌 ST23 株が多く発見されている。
WHO は、加盟国に対し、高病原性肺炎桿菌の早期かつ確実な同定を可能にするため、検査室での診断能力を段階的に向上させるとともに、分子生物学的検査や、耐性遺伝子に加えて関連する病原性遺伝子の検出・解析における検査室能力を強化するよう勧告している。
また、 WHO は世界レベルにおけるリスク評価として、サーベイランスの課題、検査率に関する情報の不足、地域伝播の規模を追跡し決定する能力、感染、入院、そしてこの病気の全体的な負担に関する利用可能なデータのギャップを考慮し、中程度としている。
調査要請の結果、 WHO の 6 つの地域にわたる 124 の国と地域のうち、合計 43 の国と地域が回答を得られている。
アフリカ地域( 10 ヶ国)、ヨーロッパ地域( 10 ヶ国)、東地中海地域( 10 ヶ国)、西太平洋地域( 6 ヶ国)、アメリカ大陸地域( 4 ヶ国)、東南アジア地域( 3 ヶ国)。
このうち、合計 16 の国と地域(アルジェリア、アルゼンチン、オーストラリア、カナダ、カンボジア、香港特別行政区[中国]、インド、イラン、日本、オマーン、パプアニューギニア、フィリピン、スイス、タイ、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国[英国]、米国)が高病原性肺炎桿菌の検出を報告し、 12 の国と地域(アルジェリア、アルゼンチン、オーストラリア、カナダ、インド、イラン、日本、オマーン、フィリピン、スイス、タイ、英国)が特に ST23-K1 株の検出を報告している。
本疾患を引き起こす細菌の能力を高めるメカニズムに関する情報や知識はまだ不充分だそうだ。
検査能力が限られている国でも利用できる診断ツールを開発し、高病原性肺炎桿菌による感染を迅速に特定できるようにするためには、さらなる研究が必要となる。
多剤耐性感染症の治療だけでなく、強毒性変異株による感染症にも対応できる新しい治療法を見出す必要もある。
【 WHO アフリカ地域 】
WHO アフリカ地域では、高病原性肺炎桿菌の症例が存在するかもしれないが、問題の程度がまだわかっていない。
カルバペネム耐性遺伝子やその他の病原性マーカーや耐性マーカーを持つ高病原性肺炎桿菌 ST23 株の検出には分子生物学的手法が必要だが、この地域の多くの微生物検査室では日常的にモニタリングされていない可能性がある。
カルバペネム系抗菌薬に対する肺炎桿菌の薬剤耐性に関するデータは、この耐性プロファイルを報告した国の数が限られていることと、検査対象が限られていることから、この地域全体に適用することはできないが、カルバペネム系抗菌薬に対する肺炎桿菌の薬剤耐性は、 WHO アフリカ地域ではすでに深刻な問題となっている可能性があり、さらなる調査が必要であるとともに、診断能力の強化、感染予防管理対策への介入、新規治療薬へのアクセスが求められている。
【 WHO アメリカ大陸地域 】
アメリカ大陸地域では、薬剤耐性サーベイランスが統合されており、カルバペネム耐性遺伝子を持つ肺炎桿菌株の検出を広く記録することが可能となっている。
しかし、高病原性肺炎桿菌株を日常的に同定し、これらの株に関する情報を収集できる体系的なサーベイランスは存在しない。
この地域のいくつかの国では、医療制度や医療サービスが、カルバペネム耐性遺伝子を保有する高病原性肺炎桿菌感染症例を特定し、適切に対応するだけでなく、感染予防管理対策を実施する上で課題に直面する可能性がある。
カルバペネム耐性遺伝子を保有する高病原性肺炎桿菌が病院や地域社会で蔓延するリスクが高まる中、臨床的に疑い、検出、感染症例に適応された感染対策(隔離を含む標準予防策や接触予防策)の実施、そしてこの菌の保菌者の発見と管理は、考慮すべき課題である。
【 WHO 東地中海地域 】
高病原性肺炎桿菌の有病率に関する入手可能なデータは WHO 東地中海地域では乏しく、医療施設内の薬剤耐性に関する検査室サーベイランスや、数カ国における後ろ向きの疫学調査によってのみ記録されている。
2018 年以降、この地域の2カ国(イランとオマーン)が高病原性肺炎桿菌の存在を報告しているが、この地域での伝播の程度や国内の状況についてはほとんど知られていない。
多くの国で高病原性肺炎桿菌を検出するための微生物検査室のインフラと能力が限られており、少なくとも 9 ケ国では紛争が長期化または活発化しており、あるいはその他の脆弱な状況にあるため、サーベイランスの改善には、検査室ネットワーク構築への投資を増やし供給が途絶えないようにし、検査室担当者に適切な訓練を行う必要がある。
脆弱で紛争の影響を受けやすい環境では、非国家主体との関わりを増やす必要があるかもしれない。
このような環境においては高病原性肺炎桿菌が検出されない可能性が高く、また、この地域の国の間でかなりの移動があるため、臨床上および公衆衛生上の影響は依然として大きい。
【 WHO ヨーロッパ地域 】
肺炎桿菌における第三世代セファロスポリン系抗菌薬に対する薬剤耐性が WHO ヨーロッパ地域で広まっている。
欧州の多くの検査施設では通常は菌の特性を調べる検査が行われており、最も頻度の高いカルバペネム耐性遺伝子を分子レベルで同定する能力があるが、細菌が疾病を引き起こす能力(病原性)を高める遺伝子の同定は、現在のところ標準的な診断法の一部ではない。
高病原性遺伝子の検出は日常的な微生物学的な診断検査の一部ではないため、臨床像を認識している臨床医が高病原性肺炎桿菌を疑い、さらなる特性解析やシークエンス決定のために分離株の検査を依頼しない限り、高病原性肺炎桿菌は検出されない可能性がある。
高病原性肺炎桿菌の臨床像と拡大した疾患スペクトラムは、欧州地域の国々ではまだ多くの臨床医が経験していない。
さらに、推定的な臨床診断は、市中感染の典型的な臨床的特徴を示すかどうかにかかっている。
しかし、このような臨床像は、医療施設における感染リスクの高い患者では異なる可能性があり、医療関連高病原性肺炎桿菌の臨床診断を困難にしている可能性が高い。
【 WHO 東南アジア地域 】
WHO 東南アジア地域は、高病原性肺炎桿菌による感染症の管理の課題を困難にさせる重大な要因である、高病原性とカルバペネム耐性の両方に関連する遺伝子を持つ株の出現が報告されている。
インドでは、 2015 年以降、分離された肺炎桿菌特性解析が進められている。
2016 年にインドでカルバペネム耐性高病原性肺炎桿菌が同定され、その後、その臨床プロファイル、有効な抗菌薬、分子疫学、進化の軌跡および高病原性肺炎桿菌変異体の有病率が報告された。
肺炎桿菌における高病原性と抗菌薬耐性の原因となる細菌の能力をさらに高めるメカニズムが、様々な症例で確認されている。
また、様々な種類の肺炎桿菌における耐性遺伝子や病原性遺伝子の役割も研究されている。
しかし、この地域のほとんどの国では系統的なサーベイランスがまだ整備されていないため、これらの菌株の広がりを効果的に監視することは困難である。
いくつかの国では薬剤耐性サーベイランスシステムが構築されているものの、診断および疫学的能力には大きなギャップがあり、それらはまだ発展途上である。
高病原性肺炎桿菌の検出と同定は検査機関の能力に大きく依存しているが、その能力は地域によって大きく異なりる。
多くの検査施設では、ゲノム配列の決定や、高病原性に関連する特定のマーカーの解析に必要なリソースが不足している。
その結果、高病原性肺炎桿菌に関連する感染症は十分に検出されず、報告もされていない可能性が高い。
この地域では、現在、市中よりも、院内で併存疾患を持つ患者が感染することが多いように、高病原性肺炎桿菌の疫学が変化しているため、従来の臨床診断による高病原性肺炎桿菌と古典的な肺炎桿菌の鑑別が難しくなっている。
特に、糖尿病をはじめとする合併症の増加や、人口密度の高さ、質の高い医療へのアクセスの不十分さといった要因も、この地域で高病原性肺炎桿菌の有病率を高めている。
【 WHO 西太平洋地域 】
WHO 西太平洋地域では、薬剤耐性菌が蔓延し、各地域での感染予防管理対策が不十分であるため、高病原性肺炎桿菌が発生しているにもかかわらず、十分に認識されていない可能性がある。
カルバペネム耐性遺伝子やその他の重要な病原性・薬剤耐性の特性を有する ST23 のような高病原性肺炎桿菌株を同定するためには、標準的な微生物検査室では一般的に、より高度な診断検査が必要である。
この地域のいくつかの加盟国は、薬剤感受性試験を実施することで、カルバペネム耐性を示す肺炎桿菌株を検出する能力を有している。