前回の続き・・・。
健常者と免疫不全者の両方に感染する能力を持ち、致死率 3 ~ 42% と報告されている高病原性肺炎桿菌だが、日本での死亡例は 1 例しかないようだ。
【 症例 】
年齢: 59 歳
性別:男性
国籍:日本
主訴:右胸痛、呼吸困難
既往歴:特記事項なし
生活歴:既喫煙者( 20 本/日× 30 年)、飲酒習慣なし
海外渡航歴:なし
職業歴:セラミックを扱う工場勤務
家族歴:特記事項なし
【 経過 】
2 時間前より右胸痛、呼吸困難が出現し、当日午前 3 時、市立四日市病院内科に救急外来を受診した。
来院時、発熱、低酸素血症、胸部画像上、右肺上葉に浸潤影を認め、市中肺炎にて当科入院となった。
意識:清明
体温: 37.1℃
血圧: 108 / 56 mmHg
脈拍: 150 回/分
呼吸数: 35 回/分
SpO2: 89% (室内気)
心音に異常はなく、呼吸音は右肺野で吸気時に crackles (※注 1 ) を聴取した。
(※注 1 ) 捻髪音。肺を聴診したときに聞こえる異常な呼吸音のうち、高音で細かな断続音を指す。 吸気の後半に出現し、「パチパチ」、「バリバリ」、「ベリベリ」と表現されることが多い。 主に肺疾患の患者で多く聞かれ、気道内の貯留物と無関係なため、咳をしても、この音は消失しない。
【 検査所見 ( Table 1 ) 】
血算では血小板数 13.2 × 104 / μL と減少し、生化学検査では CRP 0.64mg / dL と上昇を認めた。
動脈血液ガス分析は経鼻酸素 2L /分 投与下で、PaO2 69.3 Torr(※注 2 ) 、 PaCO2 41.4 Torr で、 Ⅰ 型呼吸不全(※注 3 )を呈した。
(※注 2 ) 圧力の単位。 1 Torr = 1 mmHg である。
(※注 3 ) 動脈血中の酸素分圧が 60 mmHg 以下になることを呼吸不全と定義し、二酸化炭素分圧の増加を伴わない場合( 45 mmHg 以下)を I 型呼吸不全、 45 mmHg をこえる場合を II 型呼吸不全と呼ぶ。
喀痰グラム染色では白血球とともにグラム陰性桿、グラム陽性球菌を認めた。
肺炎球菌、レジオネラの尿中抗原はいずれも陰性であった。
【 来院時胸部単純X線写真( Fig. 1a ) 】
右上中肺野にすりガラス陰影が認められた.
【来院時胸部 CT 像( Fig. 2 ) 】
肺気腫を背景に、右肺上葉背側を主体に均一な硬化像を認めた。
硬化像は気管支透亮像を有したが、低吸収領域はなかった。
その他、病変は認めなかった。
【入院後経過】
大葉性肺炎としてセフトリアキソン( ceftriaxone : CTRX ) 2g 、アジスロマイシン ( azithromycin : AZM ) 500mg の点滴を開始した。
入院後、経鼻酸素 2L /分投与下で SpO2 95% にて推移した。
しかし、午前 6 時 45 分、トイレ歩行後、患者は呼吸困難の増悪を訴えた(リザーバーマスク 10L /分投与下、 SpO2 97% 、呼吸数 48 回/分)。
胸部単純 X 線写真上、肺炎像は悪化( Fig. 1b )。
動脈血液ガス分析は pH 7.10 、 PaO2 126.0 Torr 、 PaCO2 64.1 Torr 、 HCO3- 20.1 mmol / Lを呈し、挿管人工呼吸管理へ移行した。
集中治療室入室後、血圧を維持するため大量輸液、ノルアドレナリン( noradrenaline )に加えて、アドレナリン( adrenaline )、バソプレシン( vasopressin )の投与を要した。
その後、PaO2 / FiO2 200 Torr ( PEEP 10cm H2O )、平均動脈圧 70 Torr にて推移したが、乏尿(※注 4 ) が持続した。
(※注 4 ) 尿量の異常のうち、腎臓における尿の生成が少なくなり、 1 日尿量が 400ml 以下になった場合を一般に乏尿とよぶ。これは腎機能の急激な低下をきたした急性腎不全に特有の症状であり、さらに尿量が極端に減少し 1 日尿量が 100ml 以下になった場合を無尿という。
入院翌日午前 3 時 30 分、採血上、播種性血管内凝固症候群( platelet 3.9 × 104 / μL , fibrinogen 419 mg / dL 、 PT-INR 2.29 、 D-dimer 1.0 μg / mL )、肝障害( totalbilirubin 1.8mg / dL 、 AST 14,573 U / L 、 ALT 2,867 U / L )、腎不全( BUN 45.8 mg / dL 、 creatinine 3.76 mg / dL )を呈し、血清カリウム濃度は上昇傾向であった。
午前 5 時、モニター上、徐脈から心静止に至り、蘇生処置を直ちに施行した。
採血上、高カリウム血症( 10 mmol / L )を認め、グルコン酸カルシウム( calcium gluconate )静注、グルコース・インスリン( glucose insulin : GI )療法、および蘇生処置を行いつつ、持続的腎代替療法を速やかに開始した。
血清カリウム濃度は 9 mmol / L 前後を推移し、心静止に対する蘇生処置を繰り返し要した。
午前 9 時、心静止に至り、蘇生処置を行ったが、心拍は再開せず、午前 10 時、死亡した。
喀痰、血液培養( Table 1 )より肺炎桿菌が検出され、最小発育阻止濃度測定法にて判定した薬剤感受性検査はアンピシリン( ampicillin : ABPC )以外、すべての抗生物質に感受性がみられた。
String test ( Fig. 3 : 羊血液寒天培地で一夜培養したコロニーを釣菌し、 5mm 以上の糸を引く場合、陽性と判定する)が陽性であったため高病原性肺炎桿菌の可能性が示唆され、次世代シークエンサーを用いた遺伝子解析を施行した。
結果、 sequence type ( ST ) 86 に属する菌株で、莢膜遺伝子型は K2 であった。
rmpA 、 rmpA2 、 iroBCDN 、 iucABCD 、 iutA 遺伝子が検出され、高病原性肺炎桿菌の同定に至った。
次回へ・・・。