「真実の口」2,173 来るべき大地震に備えて ㉟

前回の続き・・・。

前回、熊野灘と紀伊水道沖に設置されている DONET を紹介した。

うっかり、どのくらいの深度に摂津されているかを書き漏らしたので、追記する。

DONET1 最浅部・・・ 1,841m
DONET1 最深部・・・ 4,449m

DONET2 最浅部・・・ 1,077m
DONET2 最深部・・・ 3,603m

S-net 程ではないが、かなり深い場所に設置されているのがわかる。

話は変わるが、日本沈没という小説をご存じだろうか?

日本沈没は、 1973 年(昭和 48 年)に刊行された作家・小松左京氏による SF 小説である。

1973 年と 2006 年には映画化、 1974 年と 2021 年にはテレビドラマ化、 1973 年と 1980 年にはラジオドラマ化、 1970 年代と 2000 年代には漫画化、 2020 年には Web アニメ化されるなど、様々なメディアミックスがなされている。

ストーリーは、その名の通り、日本列島近傍のマントル流に急速な異変が起こり、その結果として日本列島は、地殻変動で陸地のほとんどが海面下に沈没するというものである。

私は、1973 年と 2006 年の映画版、 1974 年と 2021 年のドラマ版、 1970 年代と 2000 年代の漫画版のどちらも見ている(笑)。

1973 年 と言えば、私はまだ 9 歳だったので衝撃が凄かったのを覚えている。

だが、流石に細部までは覚えていない(笑)。

しかし、 2021 年に放送されたドラマ版「日本沈没-希望の人-」では、過去のメディアミックス作品とは物語や舞台設定などが大きく異なり、現代に合わせて色付けされていので興味深く見ることが出来た。

舞台は地球温暖化が進行しつつある 2023 年の東京である。

本作品では新たに環境省の若手官僚が主人公に据えられ、「環境破壊への警鐘・ SDGs 」がストーリーの主軸となっているというのも今風ではなかっただろうか?

また、キャッチコピーが『信じられるリーダーはいるか。』となっており、危機に際したときの政治家や官僚たちの言動も見ものになっていた。

「日本沈没-希望の人-」では、関東沈没への警鐘を鳴らしていた地球物理学界の異端児・田所博士の言から始まり、その予知通りに関東が沈没する。

ただ、この時は、予測した当初の沈没予想範囲の 9 割は沈没を免れるという状況で済んだ。

しかし、そこからまたこの田所博士が「 1 年以内に日本沈没が始まる」とういう観測データを明らかにする。

日本人 1 億 2,000 万人を海外に移住させる計画が進む中、再び、日本は沈没を始める。

しかし、あまりに巨大過ぎた変動エネルギーにより沈没を引き起こすプレートが断裂したことで、沖縄・九州・北海道・青森の北部だけが沈没を免れたというストーリーであった。

話を戻そう。

南海トラフ地震では、「半割れ」という言葉を、時折、耳にする。

「半割れ」とは、下図のように、「赤色」で示した東側の震源域と、「黄色」で示した西側の震源域がそれぞれ別々に、時間を空けてずれ動くケースである。

半割れ

日本沈没では、関東沈没を引き起こす地震の後に、日本全体を沈降させる地震が起きることになっていた。

1 回目の「半割れ」の地震のあと、まだずれ動いていない領域で地震が発生し M8 クラスの巨大地震が相次いで起こることが専門家の間では危険視されている。

この「半割れ」は、過去の歴史でも頻発していることが分かっている。

以下が、南海トラフで発生した大規模な地震を年表にしたものである。

南海トラフで発生した大規模な地震を年表

これらの中で、比較的、確実性の高い直近 300 年ほどを見ると「全割れ」のケースが該当するのは 1707 年の「宝永地震」のみらしい。

それに対し「半割れ」は、江戸時代の 1854 年に起きた「安政東海地震」「安政南海地震」、 1944 年「昭和東南海地震」と 1946 年「昭和南海地震」のあわせて 4 例が挙げられるそうだ。

直近では、ほぼ、「半割れ」である・・・ガ━━━━━━∑(゚д゚lll)━━━━━━ン

専門家は、このケースで怖いのは、地震や津波で大きな被害が出ている地域の救出や支援、復旧活動をしている間に、被害が出ていなかった別の地域でも地震が発生し、復旧活動の途中で 2 度にわたって激しい揺れや大津波に襲われる地域もあるほか、他県などからの救助や医療支援の手が十分行き届かなくなり、被害の長期化が懸念されることだと言う。

最悪の場合、経済損失額( GDP )は年間 100 兆円以上にのぼるとされている。

現実の日本沈没ではないが、経済的な日本沈没が起こる可能性が大である。

1854 年 12 月 23 日に発生した「安政東海地震」は、紀伊半島東部の沖合から駿河湾にかけての領域が震源域となり、まさに、南海トラフの「東側」にあたる場所である。

地震の規模は、 M8.4 と推定され、各地で激しい揺れや津波に襲われたとされている。

そして、そのわずか 30 時間後に発生したのが「安政南海地震」である。

震源域は紀伊半島から四国の沖合にかけてで、まだ地震が起きていなかった震源域の「西側」にあたる。

地震の規模は M8.4 と推定され、 M8 を超える巨大地震が 1 日余りの間に 2 度も日本列島を襲ったのである。

更に、 1944 年 12 月 7 日の「昭和東南海地震」は、紀伊半島の沖合から遠州灘を震源とし、 M7.9 が観測され、東海地方を中心に激しい揺れや津波で 1,200 人以上が亡くなったといわれている。

当時、日本は太平洋戦争(大東亜戦争)の最中で、軍需工場の被害状況などの情報が連合国に漏れることを恐れた軍部は情報を統制したため「隠された地震」と表現されることもある。

そして、 2 年後の 1946 年 12 月 21 日には、 M8.0 の「昭和南海地震」が発生する。

まだ、地震が起きていない震源域の西側にあたる紀伊半島南西部から四国の太平洋沿岸を含む領域で発生し、西日本の広い範囲に大きな被害をもたらしている。

【 被害状況 】

安政東海地震
〔人的被害〕
・死者、行方不明者:約 2,000 ~ 3, 000 人(推定)
〔建物被害〕
倒壊・流失家屋:約 30、000 戸余(推定)

安政南海地震
〔人的被害〕
・死者、行方不明者:約 3,000 人(推定)
〔建物被害〕
・全壊:約 20,000 戸(推定)
・半壊:約 40,000 戸(推定)
流失家屋:約 15,000 戸(推定)
焼失家屋:約 6,000 戸(推定)

昭和東南海地震
〔人的被害〕
・死者、行方不明者: 1,223 人(推定)
・負傷者: 2,864 人
〔建物被害〕
住家:
・全壊: 18,008 戸
・半壊: 36.554 戸
非住家:
・全壊: 17,341 戸
・半壊: 24,514 戸
流失家屋: 3,129 戸
浸水家屋: 8,816 戸
焼失家屋: 3,129 戸
火災発生: 26 箇所

昭和東南海地震
(※ただし数値は文献によって異なる。)
〔人的被害〕
・死者: 1,362 人
・行方不明者: 102人
・負傷者: 2,632 人
〔建物被害〕
住家:
・全壊: 11,506 戸
・半壊: 21,972 戸
非住家:
・全壊: 17,341 戸
・半壊: 24,514 戸
流失家屋: 2,109 戸
浸水家屋: 33,093 戸
焼失家屋: 2,602 戸
火災発生: 26 箇所

これだけの被害が立て続けに起こったわけである。

当時の人たちの絶望感は計り知れないと思う。

次回へ・・・。