前回の続き・・・。
前回に続いて、早川正士氏の地震予知理論を紹介する。
3. 電波が教えてくれること
新しく提起した理論や仮説が世の中で認められるためには、「因果関係あるいは事実関係が説明できる」といった科学的根拠が求められる。
早川地震電磁気研究所が提起する仮説は、次の通りである。
1. 震源における電磁波放射 ・・・ 震源となる場所(‟地殻”や‟マントル”)で岩盤破壊(圧力による崩壊、ズレ、など))発生する際、電磁波が発生する。
2. この電磁波が震央上空に“電子層擾乱”を誘発する。
3. 電離擾乱が伝播異常を誘発する ・・・ 伝搬経路上にこのエリアが現れると、観測している受信電波に異常が発生する。
4. 伝搬異常を観測できれば地震予知は可能である。
~地震発生と前兆現象~
前兆現象として様々な宏観異常現象や物理的現象、科学的現象が確認されている。
しかし、ここで重要なことは、大地震が発生する前に特定の事象が必ず出現す るか、あるいは高確率で現れる事象でなければ地震予知としては使い物にならない。
“前の地震ではカラスが騒いだが今回カラスは静かだったなあ”では不十分であり、 ましてやこれを聞いた人が“あれ、そうだっけ?騒いでいたと思うけど”と返すようでは地震と前兆現象に因果関係があると断定するには無理があり、とても周囲の理解を得 ることはできそうにない。
~大地震前に観測された異常電波~
1980 年代に入って大地震の前に伝搬異常を観測したという論文が、 2 ~ 3 の国から発表された。
しかし、これらの論文では、地震と異常電波の関係が指摘されていなかった。
その後、 1988 年旧グルジア共和国で発生したスピタク地震で Oleg Molchanov 博士の研究チームが、そして、 1989 年にはカリフォルニアで発生したロマプリエタ地 震で Fraser-Smith 博士率いるスタンフォード大学が、異常電波( ULF 電磁放射;周波数が極端に低い電波)の観測に成功した(論文発表は 1990 年)。
この論文発表を契機に、地震と電波の関係性に注目が集まり研究が急速に進んだ。
早川研究室(電通大電気通信学部)もまた Oleg Molchanov 博士を研究 室に招聘し、先の 2 本の論文の検証に着手した。
課題は 2 つである。
一、日本でも異常電波( VLF/ULF 電磁放射)を確認できるか?
一、地震前に必ず観測される前兆現象か?
早川研究室では、人工衛星を使って観測を継続したが、確固たる証拠を掴むには至らなかった。
~異常電波観測に成功~
1995 年 1 月、それまで変化のなかった観測データに突如異変が出現した。
上図は、対馬にある電波送信局から発せられた VLF 電波を犬吠岬にあるアンテナで受信記録である。
観測記録を上から下へ日付順に並べている。
どこに違いがあるかが分かりにくいので、異常箇所に青色を付けた。
このグラフが何を意味しているのか は専門家でないとわからないと思うが、この異常変化は “電離層擾乱”による伝搬異常である。
そして、その 4 日後、阪神・淡路大震災が発生した。
地震発生後、“電離層擾乱”は終息した。
当時の観測網は、送信局 4 拠点(国内 1 、海外 3 )、受信局 は通信総合研究所(現在の国立研究開発法人情報通信研究機構)の犬吠観測所 1 拠点とい う貧弱なものだった。
電波は、送信局から受信局に向けて一直線に進むことから、この 2 局間を結ぶ区間で発生した “電離層擾乱”しか観測できなかった。
こうした制約下で、偶然にも阪神・淡路大震災はこの観測可能な区間内で発生した。
この観測により、大地震の発生と“電離層擾乱”の関係性が少し明らかになった。
そしてこの観測結 果が、「地震予知学」という新しい学問の扉を開くことになった。
~前兆現象(電離層擾乱)の仮説~
送信局は、全方位に向けて電波を発信する。
電波の一部は地上波として、また一部は上空の電離層で反射して受信局へ伝搬する。
そして、受信局は地上波と反射波をまとめて受信する。
これが一般的な送受局間の伝搬路である。
阪神・淡路大震災発生の前後で、海外局と犬吠観測所(受信局)を結ぶ電波に変化はなかった(上図、緑色の“乱れのない時の伝搬路”) 。
一方、対馬と犬吠を結ぶ電波には異常が発生した(上図、赤色の“伝搬異常路を経由した伝搬路”)。
~地震予知学について~
神戸地震の観測結果を受けて 1996 ~ 2001 年に旧科学技術庁が主催する「フロンティア計画」が始まる。
この計画は、 ‟地震の前兆現象を捉える研究”と、‟捕捉した現象から地震を予知する手法の開発” を進めることを目的とし、実際に宇宙開発事業団(現:国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)に巨額の国家予算が投じられた。
早川研究室は、そのグループの中心として深く関わった。
この事業は、その後台湾、アメリカ、インド、ヨーロッパにも多大な影響を与え、特にこの地震予知学には電気・電子工学、超高層物理学、プラズマ物理学といった従来の地震学とは全く関わりのない分野の科学者たちが参加した。
その後も、早川研究室は理論構築と観測器の開発に力を 入れてきたが、 2010 年、早川研究室は、早川教授の退官をもってその研究を終えることになった。
~仮説が常識に変わる条件~
冒頭述べた新しい考え方(理論や仮説)が世の中で認められ一般常識となるには、学術研究を通じて広く科学者たちの検証に堪えて支持されなければならない。
・“仮説”を立て、自ら検証を進めて仮説が“正しいらしい...こと”を確認し、
・論文を発表して広く多くの研究者に“仮説”を知らしめ、
・彼ら研究者の検証に曝され、そこでも“正しい”と承認される。
・・・という過程を踏む。
・大地震発生前に伝搬異常を観測したという事例が相次いで発表された。
・伝搬異常観測後に、大地震が発生するという事例が相次いで発表された。
・阪神・淡路大震災において、前兆現象(伝搬異常)と大地震発生には関連性があるのではないかと考えられる事例が観測された。
・その後も同様の事例が観測されるようになった。
さらに他国でも同様の結果が得られるなど、‟大地震と電離層擾乱には因果関係が存在する“という仮説が少しずつ研究者の間では常識となりつつある。
次回へ・・・。