真実の口 1,796 Coffee Brake 35 【水島新司・中編】

前回の続き・・・。

『どかべん』は、神奈川県の明訓高校野球部に所属する主人公の「ドカベン」こと山田太郎を主人公にした高校野球編から続編に『大甲子園』、『ドカベン プロ野球編』、『ドカベン スーパースターズ編』、『ドカベン ドリームトーナメント編』がある。ドリームトーナメント編の終了を以てドカベンシリーズが完全完結した。全シリーズを含めた総巻数は 205 巻で、シリーズ累計としては作品終了時点で日本で最も巻数の多い作品となっている。

連載初期に描かれた中学時代では山田、岩鬼、山田の妹サチ子の 3 人を主軸とし、鷹丘中学を舞台とした柔道漫画だった。単行本 7 巻目に至り、野球漫画へ方向転換する。元々野球漫画として描く計画だったようで、野球をやることへの伏線は最初から張られている。水島氏は「当時ライバル誌に『男どアホウ甲子園』で同じく野球作品を連載していたため控えていた。」と雑誌のインタビューで答えている。

《高校野球編》

【明訓高校野球部】

★山田 太郎(やまだ たろう)

捕手。主人公。4番打者。右投左打。高校 3 年時、身長は 175cm 、体重は 85kg 。「気は優しくて力持ち」という言葉を体現する男。新潟県新潟市旭七ヶ町生まれの神奈川県横浜市育ち。鞄の中にご飯だけを詰めたでっかい弁当箱(ドカッと大きいドカ弁)を入れていたことからドカベンのあだ名がついた。「明訓五人衆」の一人。
・三冠王を獲得するほどのパワーとバットコントロールをもつバッティング
・遠投 120m 以上の強肩と正確なコントロールを持つ送球
・際どいコースをストライクに見せるキャッチング技術
・野村克也や古田敦也も認める、意外性のあるリード
・幾度と無くチームのピンチに決勝打を放つ、驚異的な勝負強さ
以上より、作品中では日本一の捕手として描かれている。
唯一とも言える欠点は超がつく鈍足であり、ライト前ヒットの当たりがライトゴロとなったこともある(岩鬼曰く「山田の足はリトルリーグ」)。ただ、守備では機敏である。

★岩鬼 正美(いわき まさみ)

三塁手。鷹丘中ではいわゆる番長であったが、転校初日の山田太郎より自分の弁当が小さかったことにより、逆恨みに近い形でライバル意識を持つ。自分が山田を倒すまで他の奴に山田を倒させたくない、という理由で山田を追っかけて柔道部に入った。 1 番打者。右投右打。ピッチャーとしてはノーコン。「悪球打ち」が代名詞で、山田をも凌ぐパワーを持つ。口にハッパをくわえている。大食いであり、好物はサンマで、口ではマズイと言いながらも骨一つ残さず平らげてしまう。その見た目とは裏腹に大金持ちの四男として生まれ育ったお坊ちゃんで、生まれたばかりの頃は女の子のように可愛らしい容姿だったので「正彦」ではなく「正美」と名付けられたが、成長するにつれ、いかつい大男に育つ。自らを「天才」「スーパースター」と言い切る自信家であり、性格は豪快で粗暴かつ相当口が悪く、先輩相手にも敬語を使わないことも多いが、両親や自分が尊敬する人物の前では礼儀正しくなることも。「明訓五人衆」の一人。

★殿馬 一人( とのま かずと)

二塁手。 2 番打者。右投右打。音楽の天才で、他の人間には真似のできない「秘打」を使いこなす。守備も超一流。元々は野球など全く縁が無く、将来を嘱望された天才ピアニストだった。ところが中学時代にサチ子にたまたまスカウトされて野球部に入部。ここから長い野球生活が始まる。小柄な体に伴い、手のひらも小さかったために手を大きく開かないといけない楽曲では指が届かないため、まともに演奏できない弱点があった。それに対して殿馬は手の指の付け根を切り開く手術を行うことで克服している。音楽センスを生かし、メトロノームのごとく「チック、チック」と口ずさむリズム打法による打撃を得意とする。奇想天外な打法で放つ『秘打』(「白鳥の湖」、「ハイジャック」、「 G 線上のアリア」)が代名詞。口癖は語尾につける「づら」。「明訓五人衆」の一人。

★微笑 三太郎(ほほえみ さんたろう)

左翼手。捕手。 3 番または 5 番打者。右投右打。元々は、横浜学院高校・土門剛介の剛球を捕ることができる捕手として横浜学院に転校する予定だったが、土門に山田太郎と同じ「ドカベン」の愛称が付いていたことから、勘違いで明訓に転校してしまう。強肩快打の捕手で、のちに外野手に転向。名前の通り、いつも笑みを絶やさない。キャッチフレーズは「にっこり笑って人を斬る」。「明訓五人衆」の一人。

★里中 智(さとなか さとる)

投手。明訓のエース。右投右打。通称「小さな巨人」。高校 3 年夏の時点で身長 168cm 、体重 65kg 。外見からおとなしく見られがちだが、実際には短気で非常に激しやすい性格である。そこが欠点となり、中学時代はチームメイトと度々衝突し、殴り合いの喧嘩にまで発展していた。反面、それが「負けず嫌い」という長所にもつながっており、度重なる故障にもめげずに投げ続け、アンダースローから七色の変化球を繰り出し、不動のエースとして活躍。山田太郎とのバッテリーで甲子園通算 20 勝をあげる。「明訓五人衆」の一人。

★徳川 家康(とくがわ いえやす)

明訓野球部監督。大酒飲みであり、試合中でもベンチで飲んだくれ、采配を振ることは少ないが、ひとたび本領を発揮すれば弱小校を強豪へと変貌させ、情け容赦ない戦略や緻密な作戦を展開して対戦校に尋常でない苦戦を強いる。

★土井垣 将(どいがき しょう)

捕手、一塁手で、右投右打の野球選手。愛称は「闘将」。かなりの強肩であり、山田太郎の世代より 2 つ上となる。山田が入学する前の明訓で強肩強打の正捕手として君臨していた。山田が入部した時は鈍重な山田のことを「一昔前の捕手だ」といって洗濯ばかりさせていたが、試合で山田が能力を発揮した後はその力を認めて捕手の座を明け渡し、一塁手に転向。 4 番バッターとして活躍した。卒業後は徳川監督の後を受けて明訓の監督に就任。

【ライバル】

★不知火 守(しらぬい まもる)

白新高校。神奈川最強と呼ばれる投手。山田太郎の終生のライバル。 MAX162km/h の速球と高速フォーク、そして「蝿止まり」「超遅球」と呼ばれる超スローボールが武器。かつては左目が義眼という設定であったが、その後設定変更し角膜の障害で見えないだけという事に。父親からの角膜移植で完治した。帽子のひさしの「右目の部分だけが破れていて、そこから目が見える」のは、その設定のためであったが、完治後も不知火のキャラを識別するための特徴として描かれ続けている。明訓との対戦は 5 度に及び、特に 3 度目は 9 回まで 1 人のランナーも許さない完全試合ペースで明訓打線を文字通り完璧に抑え込んでいたにもかかわらず、延長に入ってから立て続けにランナーを出した後に“ルールブックの盲点”の 1 点が決勝点で敗れたことを始めとする足元を掬われる形での敗戦が目立つ。岩鬼は不知火を音読みして「フチカ」と呼ぶ。

★雲竜 大五郎(うんりゅう だいごろう)

東海高校。中学時代に鹿児島県で強打者として活躍して、数々の表彰状を得る。神奈川まで出向き、不知火守とともに、中学卒業が近い山田をライバル視するキャラクターとして登場し、高校進学のつもりがなかった山田を高校野球に誘いこんだ。巨漢を生かした圧倒的なパワーの持ち主。元々、角界入りの予定だったが、山田との対決を望み野球へ転向した。外野手としては巨体とは思えないしなやかさで好守をし、投げては剛速球投手であった。片手打ちでホームランを連発する怪力の持ち主。山田と里中の前で、打撃練習中に、バットにボールをあてずに打球を放つ「豪打・真空切り」を披露。キャラクターの名前の由来は、横綱土俵入りの「雲竜型」であり、「不知火型」に由来する不知火守とペアでの命名。

★土門 剛介(どもん ごうすけ)

横浜学院高校。投手。山田たちの 1 学年上。ドカベンの呼称を持つもう一人の男。交通事故に遭い、再起不能といわれるほどの重症であったものの、見事復帰し2年秋の大会から登場する。その剛速球は、山田をしてこれまでのどの投手よりも速いと言わしめる重く速い「超剛球」と呼ばれ、捕手や送球を受ける野手が骨折するほどの威力だったため、ピッチング練習は藁人形相手、試合では変化球を織り交ぜるなど力をセーブして投球せざるを得なかった。「超剛球」の受け手として、微笑三太郎を横浜学院に招くが、微笑は誤って明訓に転校してしまった。 3 年夏の神奈川県大会では、一回戦から準決勝までの 6 試合を全てノーヒットノーラン。許した走者は全て谷津の捕逸によるものであった。決勝の明訓戦では、山田に対しあと 1 ストライクで勝利というところまで追いつめたが、谷津が山田のファウルチップを落球、その後同点タイムリー三塁打を許してしまう。その後、岩鬼にサヨナラ 2 ランを浴び、敗退。甲子園出場はならなかった。

★谷津 吾朗(たにつ ごろう)

横浜学院高校。捕手。最初はライトを守っていたものの、守備が悪くいったんは野球部をクビになる。しかし、 1 年秋の県大会決勝前日に偶然土門に見出され、彼の要望で捕手として野球部に復帰する。当初はその「プロレス界が泣いて喜ぶ」程の身体の頑健さを活かして、土門の剛速球をミットに依らず己の体を肉の壁となし受け止めるという役割を与えられ、守備にはほとんど関わらず、走者を出せば走られ放題という捕手だった。 2 年春の甲子園大会に出場した明訓高校に密着し、「前略、土門さま」の語りはじめでその感想を語るなど、研究熱心な面も持ち合わせる。その成果故か土門の剛速球を受けられるようになり、登場初期は右打ちだったがいつの間にか左打ちになり、冗談まじりながら「山田二世」と評されるまでになる。

★南海 権左(なんかい ごんざ)

吉良高校。当初は筋金入りの不良であり、ほとんど暴力団のような組織を校内に作っていた。道端で里中が投げた石がたまたま当たり、因縁をつけたところ山田が間に入る。いくら攻撃を受けても反撃をしない山田に当惑し、それが「野球」のためと知りある種の憧れを持ち、やったことのない野球に挑戦することを決意する。 2 年夏の神奈川大会に出場し、野球の実力はないが悪運で相手チームの不戦敗(不祥事や食中毒、交通事故など)と試合放棄(あまりに南海権左から打ちまくったことによる熱中症。ちなみに熱中症になったチームの監督は選手に「あまり水を飲むとバテるぞ」と連載当時の常識であるが非科学的な指導をしていたのに対して、吉良高校は水を大量に補給していた)のみで準々決勝まで勝ち抜き明訓と対戦。試合中に念力(?)で山田を金縛りにしてバットを振らせず、 1 イニングで 3 三振を奪った上(ちなみにその試合は投手の南海から山田以外の全員が安打を記録するという特異な展開に。その後土井垣の指示で全員凡打で試合を早々に終わらせている)、更に行水を行いながらの念力(?)で明訓対横浜学院の決勝戦の最中も自身が根負けするまで山田を金縛りにしていた。

★小林 真司(こばやし しんじ)

東郷学園。投手。東郷学園中時代、山田のいる西南中と対決した際、山田のスパイクにより失明状態となるが、手術により回復。中学最後の大会で、鷹丘中に転校した山田と対戦。山田には 3 打数 2 安打 1 本塁打と打ち込まれたが、最終的には小林に軍配が上がる。その後の関東大会決勝では、不知火のいる川越中に大敗。中学卒業後、アメリカへ野球留学。 2 年夏の県大会の時に帰国、徳川監督率いる東郷学園に編入し甲子園を目指す。投打ともに優れた力を発揮し、 2 年秋の関東大会準決勝では仁又四郎のいる下尾と対戦、フィル・ニークロばりのナックルボールで仁を三振に切って取るが、捕手の後逸による振り逃げでサヨナラ負けしてしまった。 3 年夏の県大会では準決勝で不知火の白新に敗退し、結局、山田との再戦は果たせなかった。

★影丸 隼人(かげまる はやと)

クリーンハイスクール。中学時代までは柔道の選手。やはり当時柔道をやっていた山田太郎や岩鬼正美のライバルであった。得意技はバックドロップ投げ。高校進学後、野球へ転向し投手。その理由を「強い奴(山田)を見ると倒したくなるだけ」と語っている。全身を使う遠心力により速球を加速させる背負い投げ投法を駆使する。背負投げ投法は決め球のような扱いで、プロでは普段はトルネード投法で投げている。明訓高校とは 1 年秋の関東大会準決勝で対戦。山田は直前の甲府学院戦で、本塁突入クロスプレーの際に頭部を強打し記憶喪失となってしまい欠場。試合はクリーンハイスクールの一方的なペースで進んだが、土井垣将監督の一か八かの賭けで山田を記憶喪失のまま打席におくり、 9 回 2 死の土壇場で同点 3 ランを放ち、その後、フォアマンの本塁打で 1 点リードした延長 13 回裏、山田に対して背負い投げ投法で挑むも、逆転サヨナラ適時打を打たれ敗退。このとき、捕手の代わりに本塁ブロックに入り、走者の岩鬼にバックドロップを仕掛けた。結果、岩鬼は気絶したが、ホームベースを踏んだあとに影丸がボールをこぼし、サヨナラとなってしまった。

★ハリー・フォアマン

クリーンハイスクール。アフリカ系アメリカ人。里中の球を軽く合わせるだけで本塁打にするほどの怪力の持ち主。山田と比較されるほどの長打力の持ち主。

★木下 次郎(きのした じろう)

赤城山高校。鷹丘中学時代は山田や岩鬼と柔道部のチームメイト。その後野球へ転向する。高校では遊撃手兼投手。投球モーションに入ってもまだどちらの腕で投げるか分からないという変則投球フォームを駆使する。木下の投球フォームは、まず背中の後ろで両手を組み、ボールを離す直前に頭の後ろでワインドアップの形になるが、後ろで手を組んだままで、それを頭の高さまで上げるのは不可能。実際は、一瞬両手を離し、身体の前で再び合わせて振りかぶっていることが山田との対戦で明らかになっている。振りかぶらずに背中の後ろからそのまま投げるクイックモーションも使う。鷹丘中学校時代のあだ名は『わびすけ』。

★賀間 剛介(がま ごうすけ)

甲府学院。武蔵中学定時制柔道部の主将として、病死した妹の弔いのためと、定時制の意地で中学校柔道大会に出場し、決勝で鷹丘中・山田太郎を倒す。アメリカ選抜との試合で、ライバルであった山田や岩鬼、木下、影丸と共闘したこともある。その後野球へ転向する。投手。鍛えに鍛え抜かれた腕力から生まれる「砲丸投法」と強打を武器に弱小校を一人で引っ張る。明訓高校が弁慶高校に敗退した 2 年夏の甲子園大会では決勝に進出し、坂田三吉率いる通天閣高校に敗れて準優勝に終わった。その後は県大会で敗れ、 2 度目の甲子園出場は果たせず。

★中 二美夫(あたる ふみお)

江川学院。左投手。甲子園ではノーヒットノーランを達成したが、明訓戦では山田を 5 打席連続敬遠した。 敬遠についてはプロ野球編にて、肩を痛めていたため(アルバイトで負傷)山田を抑える球威がなかったから勝負を避けた、と語られている。

★仁 又四郎(じん またしろう)

下尾高校。 2 年秋の関東大会に埼玉 1 位校として出場。巨体をしていることからも埼玉では「右のドカベン」と呼ばれ、一合に「山田と仁の二人ドカベン」と称されたスラッガー。外野手、捕手としても優秀で、強肩強打。関東大会では江川学院・東郷学園を下して決勝に進出。しかし江川学院・中には内野安打 1 本に抑えられ、東郷学園・小林からは本塁打を放つものの、勝負には負けたという印象。決勝では明訓高校と対戦し、渚投手から本塁打・三塁打・二塁打を放ちサイクルヒット達成目前だったが、最終打席ではヒット性のライナーを岩鬼に好捕されて記録達成を逃した。なお、この試合で下尾は山田に 4 本のホームランを打たれ、 2-6 で明訓高校に敗れる。

★犬飼 小次郎(いぬかい こじろう)

土佐丸高校。犬飼三兄弟の長男。「鳴門の牙」の異名をとる天才左腕投手。かなりの剛速球投手ではあるが、「キャッチボール投法」というあえて手を抜いた投球で、打者を翻弄する。実家は土佐闘犬のブリーダーで、嵐を始め沢山の闘犬を育て、自身の気迫を磨いてきた。「殺人野球」と評され荒くれ者揃いの土佐丸高校の主将・監督を務めていたが、本人の性格は好戦的ではあるもののグラウンド以外では温厚。サヨナラホームランを打たれた山田に対して試合後に握手を求め、その打棒を素直に称えた。

★犬飼 武蔵(いぬかい たけぞう)

土佐丸高校。犬飼三兄弟の次男。投手、捕手、外野手と様々なポジションを経験している。その恵まれた体格で本塁打を量産する。性格は他の兄弟とは違いかなり激情型で、感極まって泣く事も多い。鈍足が弱点であり、 2003 年シーズン開始前の土佐丸高校出身のプロ野球選手たちによる自主トレでは「センターゴロも有り得る」と言われた。

★犬神 了(いぬがみ りょう)

土佐丸高校。犬飼小次郎から土佐丸のエースの座を受け継いだ、不気味な雰囲気を持つ隻眼サウスポー。不気味な雰囲気を持ち、「キヒヒヒ」という奇妙な笑い声をあげる。勝つために手段を選ばない性格。長い袖で手が見えない投法や背面投法など、トリッキーなピッチングを得意とすし明訓を翻弄。

★坂田 三吉(さかた さんきち)

通天閣高校。長身から繰り出す速球が武器の左の好投手。ゴルフスウィングのようなフォームから高々と高層ビルのようにフライをあげて落球を誘う「通天閣打法」を持つ。 1 年夏の大阪府大会では決勝で浪商をパーフェクトに抑えて甲子園に出場。開幕戦で明訓高校と対戦して敗れる。 2 年夏の甲子園大会では、 3 回戦で、明訓高校を破った弁慶高校に圧勝し、決勝戦では甲府学院を破り優勝する。 3 年春の選抜大会にも出場するが、またも初戦で明訓高校に敗れる。甲子園大会優勝旗の周りの金糸をマニアに一本10万円で売りつけようと考えるなど(未遂)、かなり金にうるさい性格(笑)。

★緒方 勉(おがた つとむ)

いわき東高校。投手。病気で倒れた出稼ぎの父親の代わりに福島県いわき市から出向き、働きながら神奈川大会予選を観戦するキャラクター「出かせぎくん」として登場。超高校級の落差と精度を誇るフォークボールが武器。甲子園では決勝までの全 4 試合を完封、決勝の明訓戦でも 8 回まで得点を許さず( 1 回に岩鬼に先頭打者ホームランを打たれたが、岩鬼が三塁ベースを踏み忘れていたためアウトとなったことで失点は免れた)、 44 イニング連続無失点を記録。しかし、 9 回表に岩鬼に逆転 2 ランとなるスコアボード越えの場外ホームランを浴びる(その前の打席で岩鬼が悪球打ちと知った緒方はど真ん中のストレートを投げたのだが、岩鬼の目に太陽の光が入り、結果的に悪球になってしまった。決して失投ではない)。

★足利 速太(あしかが はやた)

いわき東高校。中堅手。緒方の同期で親友。毎日 8km の通学路を走り抜いてきた中で鍛えられた、作中でも一、二を争う俊足を持つ。いわき東高校の得点の 8 割が足利の走塁によるものだった。山田の一年時、夏の甲子園に出場。いわき東の決勝までの 4 試合の全得点 6 のうち、一人で 5 得点をあげる。決勝の明訓戦ではその驚異的な足を生かし、ポテンヒットを三塁打にするなど 3 打席連続安打。山田から盗塁を奪い、先制点を挙げるも、岩鬼の逆転 2 ランで惜敗。

★武蔵坊 数馬(むさしぼう かずま)

弁慶高校。明訓高校に唯一の黒星をつけた、岩手・弁慶高校の主砲。右翼手。山伏としての修行を積んでおり、神通力で岩鬼の母の病や中二美夫の肩を治すといった奇跡をおこす。敬遠のボールを引き寄せて打ったり、ホームラン級の打球を自分の守備位置に引き戻して捕球するなど、人間離れしたプレイで相手チームを驚愕させる。恐るべき洞察力の持ち主であり、曲者・殿馬を特別視して「底知れぬ大きな器の男」と評し警戒を緩めなかった。最終回には石毛によるダブルプレーを狙った送球を額で防ぎ、武蔵坊弁慶の立ち往生を再現しサヨナラ勝ちを演出している。
その後は後遺症により廃人となるが、山田と岩鬼により奇跡的に復活。ただし野球に復帰することはなく、山田たちとの再戦はかなわなかった。心技体すべてを兼ね備え、超人的な力を持った一分の隙も無い人間として描かれており、明訓を破った時点でもはや劇中における重要な役割は無くなってしまったといえる。

★義経 光(よしつね ひかる)

弁慶高校。岩手県・弁慶高校のエース。右投両打。水島漫画における数少ない美形キャラ。最速 140km の速球が武器。弁慶高校では 3 番を打つ俊足の好打者でもあり、 4 番の武蔵坊数馬と並ぶ主戦力だが、武蔵坊からは未熟者と叱責される場面もあった。山田の 2 年時の夏の岩手県大会を、全試合完封して優勝。甲子園大会では一回戦で土佐丸高校に完封勝利。二回戦の明訓高校戦において「第一球どまん中ストレート」を予告。この挑発に乗った土井垣将監督が 1 番に山田に据え、山田は期待通り先頭打者ホームランを放つが、この山田と岩鬼の打順交換によって明訓オーダーは破綻し、試合を有利に展開させた。 1 点リードで迎えた 9 回表、再び山田に同点ホームランを許す。同点の 9 回裏の本塁クロスプレーでは、完全にアウトのタイミングだったが、驚異の跳躍力による「八艘飛び」で山田を飛び越えてタッチを回避し、サヨナラのホームを踏んだ。山田世代が在籍した明訓高校の唯一の敗戦である。その後、明訓を破った後の三回戦で、武蔵坊が欠場したために通天閣高校に敗退。

★隼 走(はやぶさ はしる)

ブルートレイン学園高校。投手。俊足揃いの BT 学園でも足の速さはチーム一で、一番を打つサウスポー。球自体は遅く、それほど高い実力ではないが、ナイターになると、照明を利用した「はやぶさ投法」という、薄暮の時間のナイター照明時の限定の「消える魔球」を駆使し。ボークと紙一重のトリック牽制も得意。名前の由来は寝台特急はやぶさ。

如何だろうか?この山田太郎を取り巻くチームメイトやライバルたち。『ドカベン』の明訓高校編は 1974 年からの 3 年間が舞台になっているが、山田たちが 3 年になって以降は時代が不明確になっている。『プロ野球編』では、山田たちが高 3 の春夏連覇をしたのが十数年未来にずれて 1994 年に変更されている(優勝旗に書かれている)。岩鬼は王貞治監督の福岡ダイエーホークスに入団。山田は東尾修監督の西武ライオンズに入り、里中は千葉ロッテマリーンズ。殿馬はオリックス・ブルーウェーブに入団し、イチローとチームメートになっている。微笑は第 2 期長嶋茂雄政権の巨人に入り、松井秀喜と同じチームに。ここまで来ると、我が西武ライオンズでの山田の活躍を知って欲しい(笑)

次回へ・・・。