高病原性肺炎桿菌
聞いたことがあるだろうか?
肺炎桿菌(はいえんかんきん)とは、尿路や呼吸器系において日和見感染症の代表的な起炎菌らしい。
ヒトの腸内細菌の一つで、腸内細菌科では大きめの細長い棒状または円筒状を示す細菌だそうだ。
免疫力の低下した人に感染し、肺炎・尿路感染症・敗血症などを起こし、抗生物質に対する耐性を獲得しやすく、院内感染の原因菌となるという。
高病原性肺炎桿菌の前に、肺炎桿菌について掘り下げてみよう。
肺炎桿菌(クレブシエラ・ニューモニエ: Klebsiella pneumoniae )とは、口腔や腸管における常在菌で、環境中からも検出されるらしい。
時折、呼吸器感染症、尿路感染症などを引き起こす。
弱毒菌であるが、菌交代現象(※注 1 )を起こし、感染症を引き起こし問題となることも少なからずあるようだ。
(※注 1 ) 生体において正常菌叢の減少などにより、通常では存在しないあるいは少数しか存在しない菌が異常に増殖を起こし、正常菌叢が乱れる現象。
若齢者にはほとんど感染症を誘発しない肺炎桿菌が、高齢者に感染症を誘発する理由は何か?
東海大学医学部・津川仁講師らの研究グループは、慶應義塾大学薬学部の松崎潤太郎准教授らとの共同で、腸管内の共生菌でありながら高齢者を中心に肺炎や肝膿瘍などを引き起こす肺炎桿菌に対する宿主の腸管粘膜における感染防御メカニズムを解明し、さらに、このメカニズムを応用することで高齢者の肺炎桿菌感染症予防が可能であることもマウスモデルを用いて実証し、高齢者の感染症予防法開発につながる研究を発表している。
◆ 研究の背景
老化は、免疫システムの弱体化や機能不全を誘発し病原体と戦う能力を低下させる。
したがって高齢者はあらゆる病原体による感染症に罹患しやすく、時に肺炎など生命の危機に直結する重篤な感染症を呈する場合もある。
そこで、免疫力低下に直結する加齢性変容の根底にある分子メカニズムを理解することは、高齢者をあらゆる感染症から守り抜く技術の開発に向けて極めて重要である。
肺炎桿菌は、土壌、水、植物など自然界に広く分布し、ヒトの腸管内にも生息する腸管内共生細菌の一つである。
この菌は、若齢健常者に対しては、ほとんど病原性を発揮せず腸内細菌の一つとして共生しているが、免疫力が低下した高齢者を中心に肺炎、肝膿瘍、尿路感染症など重篤な全身感染症を引き起こす。
肺炎桿菌感染症のほとんどは腸管内に共生していた菌体に起因するため院内感染にも特段の注意を要する。
また、肺炎桿菌による肝膿瘍は腸管内で共生状態にある菌が血中を介して肝臓に伝播することで発症するとも考えられている。
しかし、肺炎桿菌が若齢健常者には病原性を示さず高齢者を主たる感染対象とする理由、つまり、肺炎桿菌の病原性発現に直結するヒト免疫力の加齢性変容の本態は不明のままだった。
◆ 研究成果の概要
( 1 ) 腸管粘膜マクロファージは肺炎桿菌の腸管粘膜内への侵入を抑制する
若齢マウスと老齢マウスへ肺炎桿菌をそれぞれ経口感染させると、若齢マウスでは経口感染した肺炎桿菌の腸管粘膜内への侵入はほとんど認められなかったが、老齢マウスでは肺炎桿菌が腸管粘膜内へ侵入し、その後肝臓へ伝播することが明らかになった。
この結果から、老齢マウスでは腸管粘膜免疫の加齢性変容により感染防御力が低下し、肺炎桿菌が容易に生体内へ侵入できる状態にあると推察された(図 1 )。
そこで、腸管粘膜内に常在するマクロファージ(※注 2 )に注目し、その存在量を若齢マウスと老齢マウスで比較した。
すると、腸管粘膜マクロファージの存在量は加齢に伴い顕著に減少することが明らかとなった(図 1 )。
(※注 2 ) 全身の組織に広く分布している細胞で、体内に侵入した細菌などの異物を貪食し消化・殺菌する自然免疫機能を担う免疫細胞。
(図 1 )
そこで、マクロファージが肺炎桿菌の腸管粘膜内への侵入阻止に寄与しているかを明らかにするために、Cell Culture Insert(※注 3 )を用いて試験管内( in vitro )肺炎桿菌感染モデルを構築した(図 2 )。
(※注 3 ) 細胞を培養するための実験器具(図 2 の絵の中の青い線で示された部分)で、細胞培養面はメンブレンフィルターで構成されているため上皮細胞を細胞極性に準じて培養することができると同時に、細胞間の接触を伴わずに他の細胞との共培養も可能にする細胞培養用実験器具。
マクロファージ存在下では肺炎桿菌の腸管上皮細胞内への侵入はほとんど認められなかったが、マクロファージ非存在下では肺炎桿菌は腸管上皮細胞内へ侵入し上皮細胞の基底膜側(※注 4 )にまで到達した(図 2 )。
(※注 4 ) 上皮細胞の下側に位置し、細胞を裏打ちする薄層構造。
この結果から、肺炎桿菌感染を認識したマクロファージが腸管上皮細胞に対して菌体の侵入を阻止するシグナルを放出していると考えられた。
(図 2 )
( 2 ) 肺炎桿菌を認識したマクロファージは growth arrest-specific 6 ( Gas6 )を分泌し、分泌された Gas6 は上皮細胞のタイトジャンクションバリアを強化する。
そこで、肺炎桿菌感染下でマクロファージが放出するサイトカインをサイトカインアレイ解析(※注 5 )により網羅的に探索した。
(※注 5 ) チップ上に並べた数100種類のサイトカイン抗体を用いて、一度に多種類のサイトカインの相対的存在量を比較測定する方法。
その結果、肺炎桿菌感染下でマクロファージは growth arrest-specific 6 (Gas6)(※注 6 )を分泌することが示され、分泌されたGas6は腸管上皮細胞表層でその受容体である Axl tyrosine kinase receptor ( Axl )(※注 7 )と共局在しGas6/Axlシグナルを惹起することが明らかとなった。
(※注 6 ) 受容体チロシンキナーゼのリガンド分子であり、受容体に結合することで増殖促進活性、生存維持活性、走化性の亢進など多様な細胞生物学的なシグナルを惹起する。
(※注 7 ) Gas6 と結合する細胞表層に発現する受容体チロシンキナーゼ。
さらに、腸管上皮細胞での Gas6 / Axl シグナルは、上皮細胞間のタイトジャンクション蛋白質(※注 8 )( ZO-1 及び occludin )発現を顕著に亢進させることが明らかとなった。
(※注 8 ) 隣り合う細胞同士を密着させる接着分子で、細胞と細胞の間隙を埋め、異物を含む物質透過を制限するバリア機能を担う。
抗 Gas6 抗体や Gas6 / Axl シグナル阻害剤はマクロファージ存在下での肺炎桿菌の腸管上皮細胞内への侵入抑制効果をキャンセルさせたことからも、腸管粘膜マクロファージは肺炎桿菌を認識することで Gas6 を分泌し、分泌された Gas6 は腸管上皮細胞に作用し Gas6 / Axl シグナルを惹起することで上皮細胞間のタイトジャンクションバリアを増強させ、肺炎桿菌の上皮細胞内への侵入を抑制していると考えられた(図 3 )。
(図 3 )
( 3 ) 老齢マウスへの Gas6 蛋白質投与により肺炎桿菌の腸管粘膜内への侵入とそれに続く肝臓への伝播が予防できる
若齢マウスに肺炎桿菌を経口感染させると腸管粘膜上皮で Gas6 と Axl の共局在が確認されたが、老齢マウスでは腸管粘膜での Gas6 及び Axl 発現がほとんど検出されなかった。
このことから、加齢に伴う肺炎桿菌応答性の Gas6 分泌の低下が、肺炎桿菌が容易に腸管粘膜内へ侵入し肝臓へ伝播する要因であると考えられた。
そこで、肺炎桿菌を経口感染させる前の老齢マウスへ Gas6 を投与した。
その結果、老齢マウスでも腸管粘膜上皮で Gas6 と Axl の共局在が確認され、経口感染した肺炎桿菌の腸管粘膜内への侵入とそれに続く肝臓への伝播は有意に抑制され、同時に、マウスの生存率も有意に改善した(図 4 )。
この結果により、加齢に伴う肺炎桿菌応答性の Gas6 分泌の低下を補完することで高齢者に対する肺炎桿菌感染症予防が実現することが示された。
東海大学医学部・津川仁講師らの研究グループにより、若齢者と高齢者の感染メカニズムの違いにより、肺炎桿菌感染症への予防法開発につながる新しい知見が提示されたわけだが、話を元に戻そう。
高病原性肺炎桿菌
薬剤耐性を獲得して、健常者にでさえ、肝膿瘍や髄膜炎、肺炎などを引き起こす高病原性肺炎桿菌の存在が 1980 年頃から東アジアを中心に報告されているそうだ。
次回へ・・・。