前回の続き・・・。
試合を開設する前に、二人の体格差をみてみよう。

井上尚弥
身長右: 165cm
リーチ: 171cm
中谷潤人
身長:173cm
リーチ・174cm
写真で見ても分かるように、身長で 8cm 、リーチで 3cmのアドバンテージが中谷にあることを頭に入れておいて欲しい。
2026 年 5 月 2 日。
The Day – やがて、伝説と呼ばれる日 -。
“Monster” 井上 尚弥 vs “Big Bang” 中谷 潤人の世紀の一戦のゴングが鳴った。
1R
“オールラウンダー”と呼ばれる中谷選手は、いつもより腰を低めに構えてきた。

右が井上選手、左が中谷選手である。
身長で有利な中谷選手の方が頭の位置が低いことが分かる。
以下の写真は、前年、 6 月 8 日に、有明コロシアムで行われた WBC ・ IBF 世界バンタム級王座統一戦、 WBC 王者・中谷潤人 vs IBF 王者・西田凌佑の一戦である。

右が中谷選手、左が西田選手である。
中谷選手の身長が 173cm に対して、西田選手の身長は 170cm なのだが、左程、腰を低く構えていないのが分かる。
中谷陣営の作戦は、井上選手を呼び込んでのカウンター狙いと言うのが見えてとれる。
私は、この時点で中谷陣営の作戦ミスで負けるなと思った。
井上選手のスピードは対戦して、その凄さが改めて実感できるというほど、一流の選手でさえ追えないスピードらしい。
案の定、試合開始から井上選手はスタンスを広くとり、上体を前後に動かしたり、あえてまったく動かさなかったりすることで距離感を狂わせていた。
そして、ジャブの差し合いでも、井上選手のパンチが先に届いていた。
井上選手のスピードを目の当たりにした中谷選手は戸惑ったのではないだろうか?
カウンターで迎え撃とうと手を出した先には、既に、井上選手はいない。
届かないだろうと思う井上選手のパンチは自身に届く。
中谷選手は、何かをしようとしてもさせてもらえないジレンマを抱えながらのボクシングを強いられているように見えた。
一応、試合後の作戦として、「井上選手は学ぶ力が強いので、(序盤に)学ばせないというところでああいう闘い方になった」と答えているが、私の採点では、 1R から 7R までフルマークで井上選手だった。
歴代世界王者の見方も、大方、井上選手にポイントが傾いていた。
ただ、実際のスコアシートは以下のようだった。

5R 、 6R を中谷選手に振り分けているジャッジが二人いた。
8R から試合の流れが変わる。
中谷選手が前に出てきて、打撃戦の様相へと展開が変わる。
その中で、天才 2 人しか分かり合えないような 1 シーンがあった。
中谷選手が井上選手の放った右のロングフックをスウェーしながらかわすと、井上選手も中谷選手の打ち下ろしとアッパーのコンビネーションを首と腰の動きだけで避けきったのだ。
当たっていれば、有効打となるのは間違いない強烈なパンチの差し合いに場内から拍手と歓声があがると、空気を察した両者もニヤリと笑みを浮かべた。

8 ~ 10R 、中谷選手が盛り返して、試合は一層の盛り上がりを見せた
しかし、これも井上陣営の作戦だったようだ。
「前半からポイントを陣営と確認しながら戦っていた。戦う前から言っていた、今日は本当に勝つという。その中で、8、9、10あたりっていうのは、ちょっと捨ててもいいのかなっていう。自分がポイントを取るというか、少し引きながら、ポイントを譲っても大丈夫かなと思いながら戦ってました。」
見ていて、「あれっ?」と思うような井上選手の動きがあった。
9R 中盤になり、井上選手が前足を相手の外側に出して(時計回りに)回り始めたのだ。
これは、俗に言うサウスポー対策の一番のセオリーである。
身体が、サウスポーの中谷選手の外側にあれば、利き腕の左手が遠くなり、被弾を避ける確率が上がるのである。
ちょっと AI でサウスポー対策を作ってみた。


ただ、井上選手にしては、過去にあまり見たことのない戦い方だった。
ポイントを譲っても良いと言いながら、中谷選手の一発を警戒しながら、あわよくばジャブを当ててポイント取ってみようかなくらいの感じもあったのだろうか?
10R には、偶然のバッティングで中谷選手が眉間から出血する。
そして、運命の 11R が訪れる。
判定では勝てないと判断した中谷陣営は、距離を縮めて勝負に出てきた。
そこへ、温存していた右アッパーである。

序盤から、父親である真吾トレーナーの「右ドン、アッパー」と言う声は会場に響いていたのだが、 11R にきての一撃である。
この一撃で完全に流れが井上選手の方へ流れる。
ただ、これまでの井上選手であれば、完全 KO 勝利のパターンだったのだが、追撃を緩めたように見えた。
これも、試合後の会見で以下のように語っている。
「(攻勢を強めることを残酷に思う気持ちが)少しありましたね。このまま、たたきのめそうという気持ちは 100% ではなかったです。この感情は初めてでしたね。(中谷選手に対し攻めきれなかったのは)その後のリカバリーがうまかったのもありますけど…」
中谷選手は、試合後の検査で左眼窩底を骨折していいたことが判明した。
井上選手も、かつて眼底骨折を経験しており、試合復帰まで時間を要したこともあり、 KO 決着に至らなかったのは、色々、頭を巡ったのだろうか?
試合は、判定決着となり、井上選手が 12R 3-0 ( 116-112 × 2 、 115-113 )判定勝利をおさめ、防衛を果たした。

井上選手は、この試合の結果を受けて、ザ・リングの「パウンド・フォー・パウンド」で 1 位に返り咲いた。
試合後の会見で両者は以下のように語っている。
井上選手:「日本人の PFP で下から上がってきている選手。負けられない重圧があった。張り詰めた 5 月 2 日までだったので、勝ててホッとしている。」
中谷選手:「 55.000 人の観客の方とペイパービューでご覧になった方、たくさんの方の前で戦えて光栄です。(王者については陣営の事前想定の成果のおかげで)驚きはありませんでしたが、さすがチャンピオン、ボクシングを作っていくのが上手かったです。」
井上選手は、最近の過密スケジュールから解放された伊藤ことで次戦は決まっていない。
中谷選手は、敗れたとはいえ、スーパーバンタム級のトップであることは変わらない。
同じ時代に産まれた稀代のボクシサー 2 人が無敗同士でぶつかり合い、ボクシングというスポーツがある限り、語り継がれる日本ボクシング史上に残る最高の一戦だった。











