「真実の口」2046 余談XXⅦ・・・後編

前回の続き・・・。

10 分ほどで指定の病院に着いた。

診察を受けた結果、飲んでいる薬の中に‟ワーファリン”が原因であろうということだった。

‟ワーファリン”とは、血液をさらさらにする薬で、人工弁の手術をし方人や,心房 細動という不整脈の人は、心臓の中で血のかたまり(血栓)ができやすく、人工弁の障害や脳梗塞、血栓症の原因になり、予防のために服用するものらしい。

とりあえず、原因が分かったのでしばらくは経過観察ということになった。

迎えに来た家内に送ってもらうと、義父は家にいたままだった。

義母のことが心配でアパートに帰る気にならなかったらしい。

週が明けて、月曜日。

末娘は、中学に入り、毎朝 6 時半に起きて勉強をする習慣をつけていたのだが、目覚ましが鳴って目覚ましを止めたものの、この日は起きた形跡がなかった。

朝 7 時になり、寝室からリビングへ移動しようと娘の部屋の前を通ろうとすると、娘が顔を出し、「なんか熱があるっぽい」と声を掛けてきた。

額に手を当てると、確かに熱い。

体温計を取りに行き、計ってみると、 38.1℃ だった。

「テスト終わってほっとしたか(笑)。今日は休みやな。ゆっくりしとき。」と声をかけもう一度安ませた。

末娘は小学 2 年生から、一度も欠席していない超健康優良児である。

珍しいこともあるもんだと思いつつ、この時は大したことはないと安易に構えていた。

多分、暇を持て余すだろうと思い、私たちの寝室はテレビを置いているので、今日はそこで過ごして、普段は時間制限を設けているスマートフォンと任天堂 switch の時間制限をフリーにしてやるからと声を掛け仕事へ出かけた。

話は変わるが、少し前のテレビのバラエティ番組で、昭和世代は風邪をひいたときにしか食べられないものがあったという話題をしていた。

そう、桃缶である(笑)

頷いている人も多いのではないだろうか?

夕方、仕事帰りにスーパーに寄って、末娘に桃缶を買って帰った。

帰って、声を掛けると、至って体は元気だが、熱が下がらないという。

この時は 37.8℃ だった。

食欲はあるようで、きちんと食べられてはいるようだ。

夕食後、末娘に桃缶食べるかと聞くと、「うん」と返事をして、ペロリと平らげていた(笑)。

翌朝、娘に声を掛けると、相変わらず熱が下がらないようだ。

この時は 37.4℃ だった。

家内が朝食を運んだ時に、何を思ったのか、念のためにコロナの抗原検査をしてみると末娘が言い出したらしい。

偶々、年末のイフルエンザ騒動のときに抗原検査キットを買い置きしていたのだ。

検査をしてみると、ナント、陽性だった・・・Σ(`ω´ )マヂ!?

長女は妊娠中・・・。

義母は術後・・・。

避難させなければまずい。

この日、長女は診察が入っていたので、病院に行った後、義両親のアパートへ避難させることにした。

しかし、考えてみると、末娘が一日過ごした寝室で、私と家内は一晩寝ていたのである。

陽性の可能性が十分高い(笑)。

長女に病院には「タクシーで行くか?」と聞くと、「とりあえずマスクするから送ってもらって良い?」と言うので家内が送ることにした。

実は、救急車騒動の日、夕方、体調が悪かったらしく、しばらく末娘の部屋で横になっていたのだ。

本来なら、長女のためのスペースで横になれば良いのだが、前述したが、遠出を手疲れた義父が長女の布団で休んでいたのである。

この日から、長女は義両親のアパートで避難生活。

末娘は自室で隔離生活。

我々は極力人に会わないようにマスク生活ということになった。

水曜日、熱は下がったものの、喉痛と鼻水が出るようになった。

木曜日、若干、身体のだるさを訴える。

末娘のコロナ感染の原因は、金曜日に友達が遊びに来たことと想定していたのだが、この日から 3 日目に発熱したことを考え、末娘が発熱した日から 3 日目が木曜日である。

私も家内も症状は無しだった。

金曜日、復活したようで退屈極まりないようだった。

土曜日、末娘の隔離生活を解除。

日曜日、夜、長女を迎えに行き、避難生活の解除。

月曜日、久々に学校に行った末娘だが、前週は 4 人が欠席、この日は 11 人が欠席だったらしい。

貴方の足元にもコロナが忍び寄っているのは間違いない。