「真実の口」2011 余談XXVI

今日は、私の 59 回目の誕生日である。

昨日は、家内の 59 回目の誕生日で、家内のために、船盛でお祝いをした。

いよいよ、 50 代最後の年になった。

過日、久しぶりに関西に住む長崎県立五島高等学校の卒業生が集まる大阪石城会に参加した。

私は、理由があって数年前に役員もやめて、活動から離脱していたのだが・・・。

コロナの影響で 3 年ぶりの開催ということと、 60 回という節目になっていたので気まぐれで参加することになった。

事前に、同級生から GROUP LINE に連絡が入ったのだが、皆、既に 59 歳となり、今年には、還暦ということになる。

同窓生は、 10 数人、関西に住んでいるのだが、当日には、 3 人しか集まらないようで、改めて、還暦祝いで集まろうと盛り上がっていた。

ところが、私は、その話題の時には 58 歳、石城会当日も 58 歳・・・。

なんだか笑えて仕方がなかった(笑)。

そして、今日、 3 月 17 日は、末娘の小学校の卒業式でもある。

すぐ上の三女が同じ小学校を卒業したのが、 12 年前。

卒業式の最中、パイプ椅子を使って、初めて伝い歩きをして驚いたのが昨日のことのようである。

小学校に入学してからも、早いもので、あっという間の 6 年だったような気がする。

ただ、 6 年のうちの半分はコロナの影響を受けて可哀そうだった。

コロナ初年度は、緊急事態宣言で休校となったため、毎土日には、庭で BBQ をしてあげ、珍肉を経験させたりもした。

猪・・・。
蝦夷鹿・・・。
キジ・・・。
熊・・・。
ウサギ・・・。
七面鳥・・・。
ワニ・・・。
カンガルー・・・。
ダチョウ・・・。
ラクダ・・・・。

並べただけで、凄すぎた(笑)。

6 年の修学旅行は行けたものの、林間学校やら、明治製菓の工場見学やら、結構な行事が中止になっていた。

中学、高校で 3 年間がまるまるコロナ期間だった子等よりも、まだましかもしれないが、可哀そうだったなあと思う。

最近は反抗期なのか、よく母親に口答えをしている。

私には怖すぎて反抗できないらしいが・・・(笑)。

上の子等が家を出たこともあり、娘の小学卒業に合わせて、事務所のある寝屋川に引っ越すため、中学は寝屋川の中学ということになり、若干の寂しさもあるのだろうが、私の娘なら、上手く友達も作って順応してくれることと思う。

娘よ大きくはばたけ!